イフ



―― 2 ――



 パーティションの向こうから顔がのぞき、親しみと敬意をこめた声がかかった。

「あなただったの。驚かせないでよね、円谷くん」
 得られるはずだった快感を中断された、苛立ちと当惑とが相まって、どことなく不機嫌な声の調子になってしまう。
 見られたのかしら、気づかれた? いいえ、大丈夫だわ、たぶん。
 ドキリとしながら、ゆっくりと惜しむように秘部から指を抜く。そっと指をハンカチで拭くことも忘れない。すべては机の下、スカートの中での出来事だ。
「なにかご用かしら?」
「え、いや、あの…べ、別に急ぎの用というわけじゃないんですが」
 目をそらしながら、しどろもどろといった風で言葉を詰まらせる光彦を、哀は面白そうに眺めている。
「最近の灰原さんは、帰りが遅いって博士が心配していましたし、少しお話しておきたいこともあって」
 ひょろりと背が伸びた細身の体つき、生真面目な雰囲気はこれまでと同じだが、頬を赤らめとつとつと喋る光彦の表情は、少しだけ大人びて見える。
「いいわよ、なに? 博士のことなら私から言っておくから、何の心配もいらないわ」
 どうせ今日はもう、これ以上作業を進める気分にはならないし。
 光彦に促しながら、立ち上がって窓の外をブラインド越しに覗き込む。ごく自然な仕草でスカートの裾を直す目的も、もちろんあるのだが。
「みんな心配しているんですよ、元太く…いえ小嶋さんも吉田さんも。コナン君が行ってしまってから、あなたの様子がおかしいと」
 クスっと笑いながら、哀は光彦が喋るのを黙って聞いている。
「それで?」
「僕は、僕なんかでは、何の力にもなれない事はわかっていますが」
 言葉に詰まったように光彦の声が途切れて。
「あなたを守りたいです、灰原さんっ!」
 叫ぶように言い放ってから、耳まで真っ赤になる。どう返事をしようかと、振り向いた哀に、光彦の真剣な眼差しが突き刺さる。
 そうね、これ以上 思わせぶりな態度は得策ではないかもしれないわ。すべては終わったこと。考え直して哀は口を開いた。
「私はね、円谷くん……あなたが考えているような人間ではないのよ」



 そして哀はゆっくりと語り始めた。家族、組織、そして本当の自分について。
 志保でありシェリーだったこと。今は哀として生きる人生を選択したことを。
 コナンが新一であった事は、あくまで伏せた。彼は、コナンは、彼ら少年探偵団にとって永遠のヒーローなのだから。
「そういうわけだから、あなたにはもっと……」
 似合いの女の子がいるはずよと続けようとして、後ろから抱きついてきた光彦に遮られた。
「だから灰原さんは、いつも悲しげなんだ。いつも……。だから僕は……」
 感極まったように、光彦が耳元で呟く。かえって逆効果になってしまったのかしら。
「ひとが……来るわよ、円谷くん」
「いえ、誰も来ません。司書のMさんもしばらく帰ってこないはずです。それに……扉の外には『休館中』の札を下げておきましたし、中から鍵もかけておきました」
 背中から光彦の胸の鼓動がドクドクと伝わってくる。そのまま首筋に吸い付いてこようとする唇を避けながら、呆れたように哀は振り向いた。
「準備万端、なのね……。そうしたら、さっき彼女にかかってきたあの電話も」
「そうです。さっきK先生の机の上にメモを置いてきました。Mさんが他の先生と付き合ってるらしいって、デマカセを書いて」
「あきれたわ」
 もうお手上げ、といった風情で哀が首を振る。
「灰原さんの心の中に、ずっとコナン君がいるのは知っています。それでも……」
「それでもいいと?」
 哀の指が胸元のリボンタイにかかり、誘うようにするりとほどいた。
 そう、こんなのもいいかもしれないわ。この疼きがとまるなら。
「それで、どうやって私を守ってくれるのかしら?」
 頬に哀の手がからかうように伸びてきて、ごくり……喉元が大きく上下した。
「は、灰原さん。さっきこの手で何をしていたんですか?」
 光彦はその手をぐいっと掴むと、かすれた声で訊ねた。
「なにって……。さっき、見ていたの?」
 哀の顔が少し険しくなる。
「い、いえ……見えませんでしたが、その…音がして……」
「そう、この指でさわっていたの」
 光彦の耳から頬、そして顎を、哀はするりと撫でていく。黙ったまま光彦は、その指を口にふくんだ。



 予測していた答えがあまりにもすんなり返ってきたので、光彦の頭の中は沸騰しそうになっていた。それでも口に含んだ白くて細い指を、大事な宝物のように味わい続ける。
 この指でさわってたって、何を……? 考えるより先に手の方が動いていた。
「あ、それはちょっと、円谷く……ぁふっ!」
 さえぎる哀の言葉にもめげず、光彦の手がスカートの中の湿った場所を探り、敏感な部分に触れてしまったらしい。指先が下着の上をなぞって隙間から中へ潜り込む。
「すごい……」
 触れた部分のおびただしい湿り気に、咥えていた指を離して驚いたように嘆息する。
 そうだ、たしかこの辺りが……。雑誌で得た記憶を頼りに、割れ目を辿って小さな突起を探り当てる。
「さわっていたんですね、ここをこんなふうに?」
 言いながらぬめる指先を動かして、くるくると円を描くように突起を刺激する。哀の応えはないが、俯いた顔から抑えきれない吐息が洩れて、ストンと力が抜けたように窓前の低い本棚の上に腰をおとした。
「ぁ……ん、んんっ……」
 そっと上下に擦ったり左右に強く弾いたリ、哀の喘ぎにあわせるように刺激を変えていく。強く弾いた拍子に体がびくんと震えたのを、息が詰まる思いで見守る。
 胸元に左手を伸ばして、ひとつずつブラウスのボタンをはずしていく。片手だけの作業がひどくもどかしい。哀はなぜ抵抗も拒否もしないのだろう、そんな事を考えながら。



 ボタンをはずし終わると、白いブラに覆われた想像していたより大きな膨らみと、くっきりとした鎖骨が見てとれた。目の前にいる頼りなげに喘いでいる少女と、さっき哀の口から語られた、信じられないような生き方をしてきた女性とが、どこか一致しなかった。
 それでもこの機を逃したら、二度と哀には触れる事ができない気がする。そんな想いで光彦は首もとの可愛らしいへこみに口をつけた。

「みつ、ひこ……くん……」

 ドクン……!
 円谷君じゃなくて光彦くんって呼んでくれた。あの灰原さんが……。

 心臓の鼓動がいっそう激しくなった。たまらなくなって喘ぐ哀の口元に自分の唇を重ねた。ブラをたくし上げ白い肌を露わにする。こぼれでた膨らみを手で覆って、尖りを帯びたピンク色の蕾を指で摘まむ。

「ん……はぁっ……。ブラインド、閉めて……」

 ブラインドの紐が引かれて室内の暗さが増した。下着に潜んだ指も熱さを増したように感じた。もっと奥へと襞をかきわけて指が進む。

 くち、くちゅ、くちゅり。

 そうだ、さっき聞いたのはこの音だ。熱く潤んでいるけれど入り口はひどく狭い。それでも音を立てながら、淫らに指を受け容れている。

「あぁ、もう……」

 もう、何なのだろう?
 疑問を感じつつ湿ったショーツを剥ぎとる。丸めた小さな布きれを傍らの椅子にそっと置いた。

「その……いいんですね、灰原さん?」
 股間で痛いほど脈打つものを感じながら、今さらの問いかけをする。
「言っておくけど、私は初めてじゃないわよ」

 イエスでもノーでもなく、哀からはそんな答えが返ってきた。
 初めてではない、それは灰原哀としてか。もしそうならいったい誰と?
 それとも宮野志保としてなのか。どちらだかわからなくなって頭が混乱しそうになる。そして誰だかわからない男へのジェラシー。
 だが、からかうような哀の表情を見て、どうやら自分を試しているらしい言葉だと知る。

「もちろんかまわないです。僕が『勝手に』灰原さんを守りたいんですから」
 一拍おいてそう答えた。
 少女のようであって大人であり、大人なのに儚げな少女のように見える人。
 捕まえたと思っても、いつもするりと逃げていく。今だけでもこの場所に繋ぎ止めることができたら。
 ズボンのチャックを開けて脈打つものを取り出し、入り口にあてがう。

「僕はあなたが好きだから……」
 最後は独り言のように呟いて、哀の細い体を抱きしめながら中へ押し入っていった。
「くっ……」
 襞をわけいる時に、哀が小さく苦痛の声をあげた。額に汗の粒が浮く。
「だ、大丈夫ですか?」
 亀頭が狭い入り口をめりっと押し入る感触に、このまま続けたら哀の体が壊れてしまうのではないかと、心配になって訊ねる。
「大丈夫よ。平気だから……来て……」
 哀の腕が首に巻きつく。その言葉にこたえて、もっと強く哀の体を抱きしめた。
 そして奥まで穿つ。言葉とは裏腹に、哀は身をよじって抗うような素振りを一瞬見せた。
「ひ……くっ……はぁっ!」
 初めて訪れる女性の内部の感触に、光彦は圧倒されそうだった。力をこめていないとすぐにでも射精してしまいそうだ。熱く柔らかくまとわりつき、絡めとって離さない。動き出すこともままならず、繋がったままでいる。 
 まだ苦しげな顔で腕の中にいる、哀に向かって言った。
「嘘をつきましたね、灰原さん。その……初めてじゃない、などと」
「ウソじゃないわよ。光彦君よりずっと長く生きてるんだもの。でも……そうね。少しだけ正確ではなかったわね」
 シェリーとして、宮野志保としては、彼女も男性経験のある大人の女性だった。でも今は違う。それを哀の苦痛の表情から、光彦は読み取っていた。
「すこし動きますよ。いいですか?」
 頷くのをうけて、ちょっとずつ動かし始める。胸に顔を埋めてピンクの蕾を口に含んで転がす。
「あ、いい……」
 溜息のような言葉が哀の口から洩れた。熱く絡みつく感触が一段と強くなった。
「だ、だめです。その、避妊とかしてないし、すぐに、出てしまいそうで……」
「今日は大丈夫だから。でも中に出すのがイヤなら、飲んであげようかしら、口で」
「な、なんてことを言うんですか。そんな、あ……」
 耳元で哀から囁かれた言葉に、ついに我慢の糸が切れた。背筋を震わす快感とともに、そのまま哀の中に精を放っていった。



「はぁ、はぁ……。とんでもない人です。灰原さん、あなたってひとは」
「さっき苛められたお返しよ」
 こともなげに言って、哀は身づくろいを始める。
「先に帰っていて、円谷君。わたしはもう少しここで用事を済ませて帰るから」
 呼び名がいつの間にか「円谷君」に戻っている。そして軽やかだがやんわりとした拒絶の態度。いつもの灰原哀そのものだった。
「はい……」
 さっきまで腕の中にあったものが、どうしてこんなにすぐに遠くに行ってしまうのか。興奮と混乱する頭を抱えながら、光彦は図書室の扉を開けて外へ出る。

 その後ろ姿に哀から投げかけられた小さな 「ありがとう……」 の言葉は、光彦の耳には届かなかった。



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