フェイク
―― 2 ――
待ちかねた人の来訪を告げるチャイムが鳴った。大急ぎでドアのロックをはずす。現れた人影にちょっと戸惑ったが、変装を解いた姿にシェリーは破顔した。
端正な美貌にさらりと流れる金色の糸、女優クリス・ヴィンヤード、ベルモットの優雅な微笑がそこにあった。
「わたしが来るまで、いい子にしてた? シェリー」
「すっかり待ちくたびれたわ」
言うなりベルモットの唇といい、頬といい、しがみついてキスの雨を降らせ歓迎する。そのひとつひとつを軽く受け流しながら、途中からシェリーの唇を音を立てて貪り始めた。ベルモットの濃厚な舌遣いに、喘いで蕩けていく。
唇で耳朶をついばみ、吐息を吹きかける。首筋を痕がつくほど強く吸い、シェリーの薄い部屋着の上から、キスだけで固くしこった胸の尖りを軽く噛んだ。
「あぁ、いやぁ……ベル……むこうで、もっと……」
玄関先の抱擁ではしたなくねだりだすのを、お遊びは終わりとばかりに、チュッと頬にキスをくれて、
「いちだんと感じやすくなったんじゃない?」
揶揄すると、シェリーの顔が紅く染まった。
「あ、そうだ。ねぇ、お腹は空いてない? 何か作るわ」
そういって、シェリーは照れ隠しで台所に駆けこんでいく。
今日はいったい何を食べさせてくれるのやらと、シェリーの腕前に一抹の不安を感じつつ、ベルモットはにこやかに見守っている。
支度を待つあいだ、グラスを満たして窓際から階下を見下ろす。そこにドイツの雨ガエルと称される、ジンの愛車が停まっているのを見咎めると、ベルモットは薄く笑った。
――ご苦労さま。あなたが執心している娘は、いまわたしの手の中にいるのよ。
シェリーとの出会いはいつ頃だっただろうか。自分が心を寄せているジンに、毛色の変わった小娘がくっついたらしいという情報は、組織にいればいやでも耳に入ってきた。元よりジンを独占できるなどと考えていた訳ではなかったが、ベルモットも内心穏やかではない。
好機はまったくの偶然に巡ってきた。シェリーの試作した薬品の引き起こしたトラブルから、その使用法をめぐり議論を戦わせる機会を得た。舌鋒するどく怯まず自分と渡りあう姿に、なるほど毛色が変わっていると感心すると共に、かつての自分を見るような同じ匂いを嗅いだ気がした。ジンの可愛がっている小娘をどう料理しようかと考えていたベルモットは、出鼻をくじかれた。
シェリーはと言えば、自分より上部に属するベルモットに、最初から敬意を抱いていたし、親しく言葉を交わすうちに、その魅力にとり憑かれていくのも無理からぬことだった。
シェリーはベルモットに、同じ組織の中にいながら稀にしか会えない優しい姉の姿を重ねて慕い、ベルモットはシェリーを可愛らしく気まぐれな仔猫のように想い、かつ激しく責めたてる事で自尊心を満足させるという、不思議な関係を保っていた。
二人の関係は、ジンの知らないうちに秘密裡に行われていたが、隠し通せるものでないことも、よく分かっていた。それゆえベルモットも、今宵のような大胆な行動にでたのだろう。
シェリーが、首元にしがみつき甘えながら、酒肴の用意ができたことを知らせに来た。じゃれる仔猫をあやすように、その額にキスすると、
「美味しそう。でもね……こちらを先にいただくわ」
そう言って、両手でシェリーの顔をはさんでみつめる。
車中でジンがこの光景を想像して見守っている事が、ベルモットの興奮を静かに煽っていた。
冷たく澄んだ視線に射すくめられて、シェリーの体がベッドに押し倒されていく。ベルモットの頭をかき抱いて、その名を呼び続ける。
玄関先での続きとばかりに、服の上からくちづけていくのを、焦れたようになって自らボタンをはずし胸元を開く。その行為にベルモットも歓び、飢えたように吸いついた。ピンク色の尖りに舌をそよがせて味わい、柔らかい膨らみに赤い花びらを散らしていく。
「んあぁ……ベル……痕が、ついちゃう……」
「残しているのよ。あなたがわたしのものだというしるし」
囁かれて、シェリーはまた喜びの声をあげる。たとえ逢瀬は短くとも、その刻印があれば今夜のことを体に残しておくことができる。Xは愛情の証、たくさんあればあるほど、その幸せに酔っていられるのだ。
ベルモットとこの関係になるまで、シェリーはマイノリティの喜びを知るはずもなかったが、少しずつ手ほどきを受けて、今やベルモットの恥戯に溺れていた。
前開きの部屋着のボタンが、ベルモットの手によって下まではずされ、肌が露わになる。早く肌を擦りあわせたいと、シェリーも急くような気持ちで、相方のシャツを震える指で開き、瀟洒なレース地で縁取られた白い量感のある膨らみに、顔を埋めていく。
シャワーも浴びずに挑みかかる彼女からは、つけている香水と入り混じったほのかな体臭がたちのぼって、愛しい人に包まれているという充足感が、シェリーをより淫らにさせた。
スタンドの灯りに照らされて、ベルモットの指技で昂ぶった細い裸身が浮びあがる。ベルモットも自ら衣服を脱ぎ捨て、その体の上にかがみこんで、
「開きなさい、シェリー」
冷ややかに言い放つ。
最後は自らの意志で体を開いて、愛撫を求めよという促しである。シェリーは両手で顔を覆いながら、その命に応じてゆっくりと足を開いていく。薄い翳りの合間からのぞく膨らんだ粒、疼きを訴えるように泣き濡れてひくつく小さな入り口。かるく両膝を押さえつけ、溜息のでるような光景を鑑賞する。
「きれいよ……」
まだ焦らし足りないとばかりに体を重ね、シェリーの腕をくつろげて窪んだ脇の下を舌先でなぞった。胸元にかかる重みと、そこから突き出た粒の擦れあう感触に、嬌声があがる。
濡れそぼった部分を中々触れてもらえない切なさに、より大きな刺戟を求めて、シェリーはベルモットの足に両足をからめ、恥丘をこすりつけ身を震わせる。
金と赤茶、ふた色の縮れ毛がもつれあった。
頃合を見計らってベルモットが訊ねる。
「約束のあれは、どこにあるの?」
「そこの、デスクの上に……あぁ、そんなのいいから、このまま……」
ほんの少しの刺戟があれば達することができるのにと、縋りつくのを軽くいなして、ベルモットは小振りな袋に片手を伸ばす。その中身を取り出すとしげしげと眺め、妖艶に微笑んだ。
彼女の手の中にあるのは、電話でシェリーに命じて作らせたジンの形を模したもの、ディルドである。
「すごくいい出来だわ。どうやって作ったの?」
舌なめずりせんばかりに、ベルモットは眼を輝かせて訊ねる。
行為が中断されたとあって、シェリーは半ばふてくされ気味に体をうつ伏せ、頬杖をつき壁にむかって説明を始める。何段階にもなる工程やら、特殊なシリコンを使用しただの、型取りに使った薬品の羅列だのを、立て板に水のごとく。
放っておくと朝まで化学式を聞かされそうなので、早々に中断してもらう。
「ほんとに素敵、本物そっくり……」
ベルモットはうっとりと頬を寄せて、ディルドに舌を這わせた。
それを見つめるシェリーの視線が険しい。すっかり玩具の魅力にとり憑かれているベルモットの関心をこちらに向けようと、ベッドに腰掛けた彼女の金色の恥毛を撫でたり引っ張ったりして弄ぶ。
「あら妬いてるの? それとも、これが欲しい?」
「いらない」
拗ねて天井を見つめている。
ベルモットに頼まれたから、渋々この計画に参加したのだ。そうでなければこんな面倒なモノ、誰が作るものか。何よりこれがバレたあとの、ジンの処置に非常に困る。
ベルモットのことだ、もしかしたら自慢げに本人に見せびらかすかもしれない。
そこまで考えるとシェリーは頭が痛くなった。
「ふふ……飾っておくだけなんて、もったいないわ」
懊悩しているシェリーをよそに、ベルモットはいたって無邪気である。
からかい半分に手にもったそれで、つんつんとシェリーの胸の蕾をもてあそぶ。
たしかに細部までリアルに再現されていた。形、質感はいうに及ばず、色合いまでも。
シェリーの脳裏に蘇る長い髪の男。熱い吐息。囁かれた言葉。
『そんなに俺が、欲しかったのか?』
違う。いまはベルモットと一緒なのだ。
ディルドが胸のふくらみを撫でまわす。そこから眼が離せなくなる。心地よい刺戟。いたずらなベルモットの手はシェリーの二の腕、肩、そして顎へ、それを突きつける。
「さあ、欲しがりなさい。シェリー」
シェリーの心のうちを見透かしたように、呟いた。シェリーの肌が朱に染まっていく。まだ抵抗する気持ち。切なさに顔をゆがめ、幼子のようにいやいやをする。臍のへこみが、薄い翳りがディルドに嬲られて、吐息が荒くなる。
「いいのよ。『彼』はいま、わたしたちのものだから……」
その言葉でシェリーの秘裂から熱いものが溢れた。求めていいんだ。ジンはいまわたしたちと一緒だから。赦しを得たような気がして、シェリーがこくんと頷く。
ディルドが秘口を擦る。くちゅくちゅと水音がする。ジンが、ベルモットが熟した隙間を埋めてくれる。それは素敵なことだ。……とても……うれしい。
シェリーの顔に呆けたような喜悦が浮かんだ。
暖かい室内に女たちの嬌声が響く。何しろそれは萎えたり果てたりすることがない。達しそうになれば引き抜かれ、また巧みな指技で責められる。
シェリーの体は愉悦の海の中を漂っていた。
『あぁ、ベル、イかせて』と、なんど懇願しただろう。
抜かれたディルドをシェリーに見せつけて、ベルモットが囁く。
「ねぇ、シェリー。ごらんなさい。あなたの露で光ってとても綺麗だわ」
唇を近づけ、垂れおちる汁を舌で受ける。微笑んで、またゆっくりとシェリーの中に埋めていく。
彼女もいつもより興奮していた。シェリーの太腿に跨り、そこに自分の濡れた部分を擦りつけている。耳朶を噛んで、淫らに語りかける。
「これをね、わたしに埋めたらどうなると思う? あなたの雫もわたしの中で混じりあうの。ジンも……もちろん一緒よ。ねぇ、ステキでしょ?」
その問いかけに、シェリーも悦びの声をあげた。
窓の外に風花が舞っているのも気づかずに、ふたりの嬌態は続いていく。
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