フェイク
―― 1 ――
次の日の深夜、逢瀬を申し出たシェリーにちょいとキナ臭いものを感じながら、ジンは彼女の部屋へと向かっていた。
――おまえがそんなに素直なわけはねぇ。必要なら企んでる事を吐き出させてやる。その肌を、おまえが似合う緋色に染めてな。
自らの手で女にしたとはいえ、額面どおり自分に執着しているとも思えない。シェリーに隠された裏の顔があるのなら、それも哭かせて暴いてやるまで。
辿りついた部屋の主は、ほんのりと酔っていた。
「飲んでるのか?」
「飲まなきゃやってられないわよ。女の口から誘うだなんて」
「俺も貰おう」
シェリーの手からグラスを取り上げると、ひとくち含んで唇を奪う。ワインを口移しで注ぎこまれて、カタチのよい唇の端から赤いしずくが零れた。
「どういうつもりだ。何を企んでる?」
「なんにも。ただ欲しかっただけ、あなたがね」
照れたようにプイと横を向き、お返しのようにワインを含んで、ジンの首に両腕を絡めすがりつく。酔いに勢いを借りた、欲情を感じさせるキス。押し付けられた体の柔らかい感触から、シェリーはバスロープのしたに、下着すら身につけていないとわかる。
――気づかれてはいけない。落ち着かなきゃ。
ゆっくりとジンの口腔にも赤い液体が注ぎこまれた。熟れた葡萄のむせるような香りが鼻腔に流れる。グラスの中身は、先にシェリーにひとくち与えて味見させている。ジンはためらうことなく、吸いとった唾液と一緒に喉を鳴らした。
「フッ、下も着けていないとはな。手間いらずだぜ」
唇を離すと、細く白い足の間に手を差し入れて薄い茂みを探りあて、その中の襞までまさぐる。少々手荒に粒を摘まれて、シェリーの体に怯えが走った。
「あぁ……もっとやさしく……」
「戯事をいうな。何のために俺を呼んだと思ってるんだ」
ある目的のために誘ったのは自分のほうだ。ほんの少しでもいい夢をと想像していた自分が、今となっては浅ましく思えた。襞をわけいる指に悪寒すらおぼえる。
――違いすぎる……あのひととは、あまりにも……
「すっかり準備もできているようだしな。ククッ」
シェリーの意志とは関係なく秘孔は潤って汁を垂らし、ジンの指が動くたび水音を響かせる。濡れるのは刺激に対する体の防御反応にすぎないが、その違いをジンが理解する筈もなく。
バスロープを二の腕まで思いきりはだけ、シェリーの胸の双丘をさらけだす。肩をつかみ、胸の谷間に顔を埋め、唇が這いまわる。その感触に戸外の冷たい空気を運ばれたように感じ、びくりと震えた。
「今夜は泊まっていけるんでしょう?」
少し時間を稼がなければならない。ワインに睡眠薬を仕込んだとはいえ、効き目が現れるにはまだ間があった。疑り深いジンのことだ。自分も同じモノを飲まされることを予測して、シェリーは前もって効果を薄める薬物を服用している。
「さあな。それはお前次第だ」
黒い帽子と上着をとっただけの姿で、ニヤリと笑ってズボンから肉茎を取り出すと、柔らかい茂みの上に押しつけた。ひるんだようにシェリーが腰を引く。
「あ……シャワーでも……」
「犯られるために誘う女には、こういうのが似合いだ」
言うなりそのまま花弁を貫いた。
シェリーの体はなかば抱え上げられ爪先立ちして、さながら大木に絡まる蔦のようだ。突き上げる律動に翻弄されて、苦痛に顔が歪む。
「やめて、ジン。立っていられない……あぁ、あああ!!」
それでもまだ序の口だった。両手が柔らかい尻肉を鷲づかみにした。体が宙に浮く。咥えこんだ部分がずりゅと音を立てて、太いものを奥まで呑みこんだ。少しでも衝撃を和らげるために、自分から両腕をジンの首にしがみ付かせるしかない。わずかでも体が揺すられるたび、子宮口を穿つ鈍い痛みが走る。
これでは、まるで……レイプだ。きつく瞑ったまなじりから涙がこぼれた。何度この男の前で体を開いたことだろう。淫らな汁を足の間から垂らしながら、シェリーの意識は抵抗する。反応して濡れてしまう自分が悔しい。体は馴染んでも、ジンとの交わりを嬉しいとか悦びだとか、思ったことはない。喘ぐ声すら聞かせたくない。
早く終わって。誰か助けて。シェリーは唇を噛んだ。
「いつまでも強情な女だな」
薄く笑うと尻肉をつかんだ手を緩めた。貫いたものが体の芯を直撃した。シェリーはジンの体に手足を絡め、長い雄叫びを上げていた。
シェリーの四肢がくたりと力を失うと、ジンも支えていた両手をゆっくり離した。咥えこんでいた部分から、まだ力を蓄えているものをぬるりと吐き出すと、冷たい床の上に尻餅をつく。
「フン、口ほどにもない。他愛のない奴だ」
言いながらシェリーのそばに膝をつき、赤味がかった茶髪を指で梳く。陵辱めいた行為で達してしまったことを、シェリー自身は恥じ俯いていたので、ジンの顔色を窺い知ることはできなかったが、顔を上げていたら面白い景色を見ることができたろう。
ジンの眼差しは職務に励むときとは違う、柔らかいものに満ちていた。何度抱いても決して自分に媚びることのないはねっかえりの小娘を、いつも気に留めてしまう自分に苦笑する。そうでなければ電話一本で、面倒な仕事を片付けてここに飛んでくるなど、する筈もない。
「どうした。もうこれで終わりか?」
シェリーの顎を持って、顔を上げさせる。
いまだ逞しい切っ先が、自身の滴にまみれて灯りに煌いているのを、シェリーは目の当たりにする。ジンにはあの薬は効かないのだろうか。
畏れに近い気持ちで、それを見つめている。
シェリーにとってジンは、形を変えた『組織』の代名詞そのものだった。逃れたくても逃れられない、抗っても力ずくで絡めとられてしまう、そんな気がする。ジンの指が、唇が、その猛りが、抱かれるたびにこの身に馴染んでしまうのが、憎らしくてたまらない。せめて心だけは奪われまいと、はかない抵抗をするのだ。
「いつまでも拗ねている女には、お仕置きが必要だな」
業を煮やしてジンは呟くと、しどけなく投げ出した足の間に指を這わせる。シェリーの濡れた場所は、達したばかりでまだ熱を持っていた。くびれたウエストを留めていた紐も解かれ、一糸まとわぬ姿となって胸元に唇をうけ喘ぐ。
やがて体を返され、床の上で四つん這いになって、後ろからジンを受け入れた。感じるところを知り尽くした擦りあげるような抽送に、床についた両腕を伸ばし背をのけぞらせて反応する。細い背中を後ろから抱きしめられ、胸の尖りを摘まれると、当初の目的も忘れすすり泣くしかない。
そんなに俺が欲しかったのかと、耳元で甘い睦言を囁かれれば、抗えない快感に黙って頷き、自分の居場所はこの腕の中しかないと束の間 錯覚してしまう。
シェリーの畏れをよそにジンはその後も彼女を求め続け、次にはベッドの上で突きあげ攻め立てた。二度目の精を放った頃、任務の疲れもあったのだろう、ようやっと眠りに落ちてシェリーを安堵させた。
傍らで眠る安らかな寝息を確かめて、行為の余韻で気だるい身を起こした。ジンの長い髪の毛やひきしまった胸板に触れてみる。起きる気配のないのに安心して、そっと毛布をめくると、腰のあたりに顔を近づけた。先程まで自分を哭かせ、今は静かに横たわっている、その部分に用があるのだ。
掌でしごき唇を這わせ口にふくみ、それをもう一度 力あるものとする。持ち主の意志とは関係なく唾液にまみれそそり立っていくのを、シェリーは新しい玩具を見つけたように面白がって作業に没頭する。
頭の上にジンの手がポンと置かれた。起きていたのかと驚いて見あげると、寝言のような小さな呟きを漏らして、その手はぱたりとベッドの上に落ちる。ジンは夢の中だ。
眠りの世界に引き摺られながらも、やはり違和感を覚える。疲労ごときで自分は簡単に参ったりしない。それはジン本人が一番わかっていた。
あの女、一服 盛りやがったな。そう気づくのに時間はかからない。自分の体の一部に与えられる柔らかな愛撫。それはけして不快なものではなかったが、何かが変だと彼の本能を刺激する。手を伸ばせば指に絡まる細い髪。その感触に、あれだけサービスしてもまだ足りないのかと呆れる想いがするが、謀られたような気分は消えなかった。
訝しがりつつ、意識は闇に堕ちていく。
目覚めたとき、傍らにいたはずのシェリーの姿はなかった。研究職の彼女はすでに組織で立ち働いている時刻である。嫌な予感にとらわれて体中を点検するが、どうやら何も変化はないようだ。とりあえずウォッカを始めとして関係部署に、電話で本日の指示を飛ばす。
ジンはしばしの間、紫煙をくゆらせ考え込んでた。やはりおかしい。
その夜からシェリーに対する監視が始まった。
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