癖
――― 1 ―――
ぶるぶるっ。
下腹部から背筋を通り、うなじへと、寒気にも似た震えが走り抜けた。こんな場所で快感の虜になってはいけない。堪えるつもりで歯を噛みしめると、耳の奥がキーンと鳴った。
ちょろちょろと水音がして、止まる。感じてはいけないという気持ちが、逆効果になって感覚を鋭敏にした。スリットの襞がひくつき、収縮する。さざなみのように湧く昂ぶりが、皮膚の真下を通り過ぎていく。
「ん……ぁ」
閉じたはずの唇から、小さな喘ぎが漏れた。その声で私は冷静になる。周囲の人に聞かれていないか。変な奴だと思われはしまいか。
我慢が限界にきていた。肩で大きく息をし、名残惜しく快感を味わって全身を弛緩させた。ほとばしる水音。事が済んだあとの開放感に包まれる。
隣の個室から響くドアの開閉音に紛れ、私ものろのろと動きはじめた。いつもと変わらずに、股間をぬぐいショーツを引き上げる。壁のボタンに触れた。さっきまで感じていた疚しさも一緒に、渦巻く水できれいさっぱり洗い流してしまう。
身支度を終えてドアに寄りかかり、吐息をつく。
だいじょうぶ。誰にも気づかれていない。私の声を聞いたかもしれない隣りの人も、もう外に出てしまった。ここで快感に浸るバカな奴がいるなんて、思いつきやしないもの。
扉を開けながら、自嘲的な笑みがこみあげてくる。
私がこんな場所で感じてるなんて、誰も知らない。
雑居ビル内にある女子トイレ。髪を梳いたり化粧直しをする女性たちに混じり、手を洗って身だしなみを整える。股間をぬぐった時に感じた“ぬめり”を、ふと思い出して、私は赤面してしまう。
疚しいことなんて何も無いはずだ。トイレの個室で指を遣い、自分を慰めた訳じゃないのだから。そう考えても後ろめたさは消えない。感じてしまった事実と、仄かに残る局部の火照りは消せない。
いつの頃からか、トイレで排泄行為をする事が性的快感に繋がるようになった。大ではなく小のほうである。尿意を我慢した末の、安心感と開放感がそうさせるのか、原因は定かではない。排泄間際の緊張と、放尿時の弛緩。スイッチを切り替えるようなその合間に、震えるほどの気持ち良さが眠っていると気づいたのは、思春期より前だっただろうか。
ぼーっとしている時に髪の毛をいじる、緊張すると下唇を舐めるとか、人は色々な癖を持っている。私のそれも、そんな癖の一種だと思っていた。悪癖ともいえる習慣が、誰でも感じる一般的なものではないらしいと知るのは、長じてからである。
「どうしたの? なんか顔が赤くなってるよ」
高校に進学してから一ヶ月ほどたった頃、親しくなりかけた同級生に、トイレで声をかけられた。当たり前のように、放尿時の快感を味わった後のことだ。
「ほら、さ。我慢した後って気持ちいいよね」
「そりゃ、安心して落ち着くけど、気持ちいいってそれ……」
同意を求めた私に向けられた、彼女の冷ややかな視線を、今も忘れない。
「ヘンだよ」
そんな事で気持ちいいなんて、ヘン。感じる私はおかしい。
あの時から私は、誰にもその話をしなくなった。貝のように殻に閉じこもり、後ろめたさを感じながらも、ひとりきりの個室でその遊びを続けていた。
尿意は日に何度も訪れる。慌しく生理的欲求を処理するのがほとんどで、普段は意識すらしない。忘れた頃に鎌首をもたげてくるその癖が、鬱陶しいのに抗えなかった。
* * * * * * * * *
退屈でたまらないある日、ふらふらとネットの海を彷徨っていた。玉石混交、たくさんの情報が氾濫し、溢れかえっている。タイトルに惹きつけられ、そのページに足を止めた。
『性の悩みを語りあってみませんか』
卑猥な投稿画像などもなく、しごく真面目に情報が交換されているようだ。とはいえ性的な話題である以上、まともなサイトのふりをしても実際には出会いの場となっているようなケースもあるから、半分くらい眉に唾をつけながらページをスクロールする。
279. ヒロ 2003/11/21 23:41
なかなか人には言えない悩みを抱えています。
僕は既婚者で、妻と普通の性生活を営んでいますが、
妻とのセックスで心の底から興奮することは、
めったにありません。
はずかしながら、ストッキングを履いた女性に触れたり
撫で回したりしないと、興奮しないのです。
結婚して二年目ですが、
今では夜の生活が少し苦痛になっています。
かといって妻以外の女性と交渉を持ちたいとは思いません。
贅沢な悩みなんでしょうかね(苦笑
280. K@管理人 2003/11/22 02:05
ヒロさん、いらっしゃい。書きこみありがとう。
自分の性癖をパートナーにいえずに悶々としてるのは、
あなただけじゃありませんよ。
かくいうわたしもその一人ですから(笑
恥ずかしがる事はありません。
匿名のこの場所では、大声で変態っぷりをアピールして下さい。
むしろわたしは、ヒロさんが「ストッキングを履いた女性」にしか
興奮しなくなったキッカケが知りたいなあ。
そのほうが興味あります。
良かったらぜひ教えて下さいね。待ってます。
282. ヒロ 2003/11/24 23:16
レスありがとうございます。
実は今まで人に話した事がなくて、書きこんでから後悔してました。
当たり前のように受け流してもらえて、なんだかホッとしています。
管理人さんも、パートナーにはカミングアウトできない性癖?を
お持ちと伺って、失礼ですがお仲間のように思えて(笑
うーん。ストッキングを履いた女性にしか興奮しなくなった、
キッカケ、ですか。
小学校低学年の頃に憧れていた親戚のお姉さんとか、
中学に入って読み始めたエロ雑誌とか。
まあ、自分でも色々原因は思い当たるのですが、
その辺は書いてもつまらないので、割愛して。
そういえば先日、外出先から帰ってきて着替えようとする
妻のストッキング姿にムラッとしましたよ(笑
専業主婦だから、家にいる時はストッキングとか履かないので、
新鮮でした。
本当はいつもその格好でいてくれと言いたいのですが、
そうもいかず。近況はこんな感じです。
あまり面白い話ができなくて、すみません。
283. K@管理人 2003/11/26 08:25
281のレスは宣伝とみなして削除しました。ご了承ください。
出会い系の宣伝なら、もっと効率のいい場所がありますよー(笑
ヒロさん。そりゃもう、あなたと私はとっくにお仲間ですよ!
なんて変態道に引きこんではいけないね。自制。
妬けるほどの報告をありがとう。
ムラッとした後に、もっとイイ事があったかどうかは、
聞かない事にしましょう(笑
残念ながらキッカケについては、かわされてしまったか。
そこを詳しく聞きたかったのに。
それはまたの機会の楽しみで。報告待ってます。
あれこれコンテンツを見て回って、掲示板での軽妙なやり取りを微笑ましいと感じた。それぞれの書きこみを読むと、相談者たちはいたって真面目なのだが、特に何かの回答を求めているのではなく、書き捨て、言い捨ての類である。
秘匿しているものを誰かに向けて語ったところで、その重さが変わるはずもないが、気持ちを軽くするという点で、それなり成功しているようだった。好奇心から引きこまれ、ログを遡っていく。
114. ZEN 2003/06/15 00:18
110さんの話のように、恥ずかしがる女性はとてもステキだね。
もう時効だろうから、昔話を(笑
ずっと前に付き合ってた女性、えっちしてて気持ちよくなると
必ずトイレ行きたくなるって言うんだ。おしっこのほう。
漏らしても心配いらないよって励ましても、
そうなると緊張して、先へ進めなくなっちゃう。
なんとか克服してあげたかったから、洗面台の上に座らせた。
見ててあげるから、ここでおしっこしなさいって。
彼女は真っ赤な顔して泣きそうになりながら、
ちょろちょろっとしたよ(食事中のひと、ごめんなさい)
恥ずかしそうなのが、とても可愛かった。
別に聖水プレイが目的じゃないから、
よくがんばったねって、髪の毛を撫でてキスしたら、
ぼろぼろ泣きながら、子供時代のことを話してくれた。
お漏らしをして、学校で皆に笑われた事があったって。
それ以来、尿意をもよおすと、すごく緊張するんだとか。
えっちの最中にトイレに行きたくなる病は、
この荒療治で克服したみたい(笑
その後いろいろあって彼女とは別れちゃったから、残念だけど。
読みながら背筋がぞくりとした。私も同じような事を言われた覚えは、なかっただろうか。
『見せてくれないか? お前がおしっこをするところ』
男の声が耳元で聞こえた気がして、頬に朱がのぼった。開かれた足の間にしゃがみ、こちらを注視する顔まで脳裡に浮かぶ。食い入るような視線を思い起こすと、下腹部が熱くなる。今はここにない瞳を避けるべく、そっと膝を閉じた。
あの後、私は男に約束しなかったか。
『わたし、あなたに……見せてもいい』
想像するだけで眩暈がした。トイレで感じてしまうヘンな癖を、男は知らない。話した事もない。だが、そんな場面を見つめられたら、全てわかってしまうだろう。それが怖い。
指がキーボードに伸びていた。HNは何でもいい。もやもやした澱のような気持ちを、ぶつける相手が欲しかった。
284. スイ 2003/11/28 14:37
初めて書きこみします。
114、ZENさんのお話を読んで、ちょっとびっくり。
彼女の排泄行為を見ても、幻滅したりしなかったんですね。
実は同じように、見せてくれって言われているので
他人事ではなくドキドキしてしまいました(笑
やはりすごく恥ずかしい事ですよね。
それと、言いにくいんですが、自分にはヘンな癖があって
いつもではないのですが、
おしっこをする時に感じてしまう事があります。
する時というより、する前かな。説明しづらいのですが。
パートナーにはその癖を話していないので、
そんな場面があったら、よけいに困ってしまうなあと。
嫌なら拒否すればいいのに、勢いで約束してしまって少し後悔。
荒療治があったら変われるのかな。どうなんでしょう?
投稿してから読み返すと、ひどくバカバカしい悩みのように思えた。誰かが答えを与えてくれる場所でもなく、自問自答のようなレス。書きこんだことすら忘れようとした。そのままパソコンの前を離れ、日常の雑事に追われる。寝る前に電源を落とすまで、レスが入っているのに気づかなかった。
285. ZEN 2003/11/28 22:55
久々に覗いたら刺激的な話がー。
えーっとスイさん、勇気を持とう(笑
幻滅なんてとんでもない。
むしろあの時は可愛くてたまらなくなったなあ(遠い目
無責任な言い方だけど、スイさんもきっと変われるんじゃないかな。
頑張ってね。
286. K@管理人 2003/11/28 23:48
スイさん、はじめまして。書きこみありがとう。
経験者のZENさんも、応援してますね。
おしっこをする時に感じる……うーん、これは私も初めて聞いたな。
きわめて興味深い! おっと悪い癖だ(笑
戸惑ってるスイさんの気持ち、よーくわかります。
ひとつ予行演習をしてみてはどうでしょう。
誰もいない時に“見られている”気持ちになって、
排泄してみるんです。
それで抵抗があるようなら、はっきり断ればいいと思いますよ。
できたら結果を報告して欲しいなあ。
無理じいはしませんが、楽しみにしてますよー。
レスを読み終わった頃には、自分の頬が熱くなっているのに気づく。秘めていたヘンな癖を書いても、誰にも笑われなかった。そんな例は、このサイトの管理人でも知らなかったようだが、少なくとも冷たく扱われる事はなかったのだ。
僅かばかりホッとした後、新たに与えられた課題とも宿題ともつかぬものを、どうしようかと悩む。誰もいない時に、見られている気持ちになって排泄する。実際に見られる訳じゃない。いとも簡単な宿題のように思える。
誰もいない部屋で深夜、ふいに尿意を覚えた。
瞼を閉じ想像してみる。目の前に誰かがいて、私を見ている。
『見せて』
『や……そんなの』
口先だけの抵抗。凝視する黒い瞳。股間に感じる疼きは、尿意のせいばかりではない。ひとりだけの予行演習。ゲームめいた試みを、好奇心から受け容れようと思う。普段と同じなのだから。変わるのは、見つめられていると妄想する、私の気持ちだけ。
トイレのドアを閉めようとして思い直し、僅かばかりあけておく。開いた扉で、四角く切り取られた廊下の闇。暗がりからこちらを窺う視線を意識した。
どくん。胸の鼓動が早くなる。パジャマのズボンとショーツを下げる、いつもなら何の変哲もない一連の動作が、幾つもの眼で見つめられている気がするのだ。便座に腰を下ろして首を振り、おかしな妄想を頭から追い払う。たとえ想像の中であっても、見せる相手は誰でもいい訳じゃない。
少し考えて、膝上で丸まっていた下着を、パジャマと一緒に足首までおろす。見られるためには、こうでなければならない。何故かそう思う。足元には脱いだ衣服の小さな山ができた。わずかな躊躇いのあと、膝を開く。あらわになった素足に夜の冷気が忍び寄り、つかのま忘れていた尿意を思い出させた。
尿道を駆けおりる熱いもの。下腹の力を緩めれば、すぐにでも迸りそうだ。それを我慢すると尿道口に刺激が走る。水面に落ちた雫のように、微かな気持ちよさが広がった。
襞が収縮と弛緩を繰り返し、この瞬間を引き伸ばす。ぽつり、またぽつりと、快感の波紋が大きくなる。放尿してしまえば甘美なひとときも終わると知っているから、一秒でも長く味わおうとする。
「ん……んっ……んーーー」
唇から細い声が漏れた。狭い空間で反響したその声は、自分のものとも思えない不可思議な音色だった。蕩けた感覚から引き戻され、うっすら瞼を開く。
誰もいない廊下。もう一度切り取られた暗闇を見つめる。そこに慣れ親しんだ男の姿がぼんやり浮かんだとき、心がピンと張り詰めた。
『“見られている”気持ちになって、排泄してみるんです』
こんな夜更けに足を広げ局部を見せて、おしっこをしようとしている自分。暗がりからの視線を意識し、排泄行為なのに感じている。
「あっ……」
開いた膝が震える。恥ずかしくて、見られたくなくて。なのに快感は強まっていく。
熱を帯びた秘処が、断続的にびくびくと痙攣した。濡れているのを自覚したくない。ぬめっているかもしれないソコを、指で触れる事もできない。それでも熱い滴りが、ひとしずく垂れて。
ぴちょん。小さな水音。
見ちゃ……ダメ。こんな私を見ないで!
全身が羞恥に染まり、足を閉じようとした。
『もっとよく、見せて』
聞こえたのは、幻の声。だが、反射的に両の掌を太腿にかけ、押さえる。閉じようとする足と、その力が拮抗した。
「ひぁっ」
見ないで、みないで…………見て。
両手の力が勝り、足がゆっくりと大きく開く。
ありのままの私を、見て。
『そう、よく見えるよ』
ひくついて蠢くアソコも、おしっこが出そうな尿道口も、充血して固くなっているに違いない突起も、全部ぜんぶ丸見えで。けれど感じてしまって、アソコがびくびくして止まらない。恥ずかしいのにキモチよくて、おしっこをしようとしてるだけなのに、イってしまいそうになる。
ヒミツの遊びができるから、トイレは大好きだった。ほんのちょっぴりの快感を、いつも抱きしめている場所だった。視線を想像するだけで、そこはどんどん火照っていく。ブレーキが効かなかった。自分の体なのに、こんなのおかしい。太腿を掴んだ指に力がこめられ、両足の爪先まで突っぱる。
「あぁぁぁっ」
名残のように秘処がやわやわと蠢く。信じられない絶頂の訪れに、呆けたようにトイレの壁を見つめていた。未だ痺れの残っている秘裂から、熱いものが零れだす。ちょろちょろと水音がした。熱に浮かされたように、そのままの姿勢で私は放尿していた。
ふらつく足取りで部屋に戻る。見つめられていると想像するだけで達した事が、私に衝撃を与えていた。
電話のベルが響く。こんな時間に電話をかけてくるのは、多分ひとりしかいない。
「起きていたか」
「そろそろ寝ようかと……思って」
「そうか。機嫌でも悪い? 声の調子がヘンだ」
「別に。なんでも、ないよ」
「声が聞きたかっただけだから。じゃあ、おやすみ」
「ん……おやすみなさい」
男が電話を切っても、受話器を耳に当てていた。
ツーツーツー。
その音を聞きながら、右手はショーツの中に潜っている。
もっと声が聞きたかったのかもしれない。でも今は何を話していいか分からない。
時間が経っても、そこはまだ収まらない熱を持っていた。花唇の入り口をなぞり、指先を潤みに沈める。粘つく汁を掻きまわすと、ぴちゃりと卑猥な音が響く。溢れたぬめりを指先に塗りつけ、固くしこった花芽を捉える。円を描くように擦り、突起を左右に揺らすように揉むと、すぐに痺れる快さが訪れた。びりびりする刺戟と、頭の芯でチカチカと瞬く光。
受話器を抱きしめ、ツーツーと鳴る音を睦言のように聞いて、高みへ昇る。先程より強い衝撃、震えるほどの愉悦だ。でも、見つめられていると感じたトイレの中と、何かが違う。
気だるいまどろみ。眠りに引きこまれる前に、あの掲示板の書きこみを思い出す。
『ひとつ予行演習をしてみてはどうでしょう。
それで抵抗があるようなら、はっきり断ればいいと思いますよ』
もう答えは出ているような気がした。
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