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 い・た・ず・ら



――  9 ――



 古本屋に行った本当の目的は違ったけれど、そんなのは後でいっても言い訳にしかならない。なにげなく並べられていた本に惹きつけられた。
 写実的に描かれた女性。相手になる男性たちは油ぎった獣のようで、醜悪ですらあった。惹きつけられたのは、女性たちが垣間みせるリアリティに満ちた表情だっただろうか。
 どきどきしながらページをめくり、周囲に人がいないかどうか何度も確認した。その他にも何冊か別の本をみつくろい、レジに差し出した時には耳たぶまで赤くなっていたと思う。
 古本屋の主はちらとあたしのほうを見たが、そんなことには慣れっこになっているのか、いとも簡単に紙袋に入れた。



 早くひとりになりたい。揺れるバスの中で鞄といっしょに抱えている紙袋は、封を開けると破裂する爆弾みたいで、あたしは大切に両の手で掴んでいた。エッチな本を買ったなんて誰にもわからないのに、気づかれやしないかと心がざわめく。

「あら、直子。今日は早いのね」
「うん……ちょっと面倒くさいレポートがあって。夕飯まで声かけないで。集中するから」
 帰宅するなり返事もそこそこに、あたしは自室めざして階段を駆けあがった。



 はじめて開くエッチな漫画は、刺激的な描写で埋めつくされていた。制服を着替える手を途中でとめ、震える指でページをめくる。


 主人公はごく普通のOL。同僚との会話で、男性経験もないらしいと明かされる。
 職場の飲み会での帰り道、アパートまで近道しようとして、彼女は街灯の少ない路地を駆けぬけていく。
『だぁって駅のトイレは汚いんだもん』
 その素顔は無邪気そのものだ。忍び寄る人影。彼女は暗がりで背後から見知らぬ男に捕まり、廃屋に連れこまれる。
『でへへ……おとなしくしてくれたら、悪いようにはしないから……な。
 さ、舐めてくれ。その可愛い口で……頼む』
 ズボンから突き出されたモノを、彼女はおそるおそる口にふくむ。もちろん絵はぼかされているので、読んでいるあたしの頭の中では、それは相変わらず大きなアイスキャンディーめいたものでしかない。まだ見たこともない勃起した男性のモノを口に含むというのは、気味悪く現実感の欠けた行為に思えた。
 言うとおりにしたら、ひどい事はされないかもしれない。はかない望みを抱いて、結局 彼女はレイプされてしまう。
 大きなコマ割り。服をはだけられ、抱えられて男性の上で犯されるヒロインのアップ。
 ごくん。
 セックスってこんな風にもできるんだ。女性が上になったりして。あたしの小さなスリット、女の子の場所も、えぐられ貫かれることがあるのだろうか。
 そんなの嫌だ。無理やりにされるなんて。
 体が震えるほどおぞましいと思えるのに、すべてを諦めた表情で下から男に突き上げられる彼女の姿が、自分の姿に重なる。
 胸が痛かった。ページをめくる手は止まらない。

 レイプされた後、ヒロインはふらつく足で一人暮らしのアパートへ戻る。体を洗い眠ろうと思っても、繰り返し襲いかかる悪夢。理性では抵抗しながら、指が胸元へ、下腹部に伸びていく。
『あの瞬間だけは、なにもかも忘れられたのよ』
 このヒロインは、あたしと同じだ。痴漢のことを考えて、えっちなことをしてしまう自分と。
『だから、あの時のような気持ちになれば……』
 静かに本を閉じた。ネクタイをはずし、はだけた襟元から手を入れる。
 からだが熱い。肌が内側から火照っている。こんなのはじめてだ。
「んふぅ」
 ベッドで仰向けになりブラをずり下げた。なだらかな膨らみが下着でひしゃげ、尖った乳首が露わになる。ふくよかではなくとも、見るからに淫らな感じがする。
 とくとくとく。
 速度をはやめていく胸の鼓動が聞こえる。
 あたしの体があんな風にいじられ開かれるのだとしたら。想像するだけで熱が下腹部の一点に集まってくる。実際のレイプは電車の痴漢とは違う。卑劣で最低の行為だと自分に言い聞かせても、熱がおさまることはなかった。
 片手で乳首を弾き、もう片方の手はショーツの中に潜っていく。通い慣れてきたその場所がぬめっていると、指先で確認する。見なくても、感じる場所を即座に探り当ててしまう。こんなことばかりしていて、あたしは大丈夫なのだろうか。
 廃屋に連れこまれ犯されたヒロインのように、あたしの胸も揉まれ乳首を摘まれる。頭の中でその手は、漫画に出てきてOLをレイプした中年男性のようでもあり、痴漢のおじさんの手でもあった。
 誰か男の人に、本当なら話もしたくない触れられたくもない人に、されているというのが、ひどく興奮し体の芯を疼かせる。
「んっ、んっ、ん……」
 摘んだ胸の先から体の奥まで、つーんと痺れが走る。触れていた襞のすきまに、新しいうるみが溢れてくる。這わせた指先がぐっしょり濡れていた。
 割れ目の中で埋もれていた蕾は、膨らんで固くなり自己主張を始めている。表面をやさしく強く擦っていく。あたしでない誰かの手が、そこを弄っていると想像しながら。
 撫で続けると、小さな膨らみが破裂しそうなほど、しこってくる。指先で細かに蕾の先端を震わせる。身をよじり下唇を噛んで、全身に襲いかかる快感の波に耐える。
「ん……くぅう……」
 体の中心から、頭の先にも足の指先にも、隅々まで震えが伝わってあたしは果てた。



 また、しちゃった。
 気持ちいい事をしているのに、終わると嫌悪を感じるのはどうしてだろう。達してもどこかくすぶって、もっと気持ちいいのが欲しくなる。
 指先が名残り惜しげに、濡れてぐちゃぐちゃの襞をなぞっていた。気持ちよくなればいくらでも湧いてくる粘液。ここを埋めたら、あたしの抱えている火はおさまるのかな。
 いつもは入り口しか弄ったことがない。指を入れても、大丈夫、だよね。生理用のタンポンだって入るんだし。
 目をつむり、ぬかるみの源へ人差し指をそっと沈めた。ぬめった生暖かさに、体がびくっとする。かまわず指を進めていくと、柔らかくうごめいて包みこむ。ひくつく動きは、見知らぬ生き物を胎内に飼っているみたい。
 ほんの少し指を出し入れしてみる。くちゅくちゅした音はえっちだけど、あまり気持ちよくない。男の人とセックスする時は、こんなもんじゃないのだろう。もっと大きくて太いはず。見たことないけど。

 指を抜き取ると、なんだか淋しい気分になった。女の子の場所が、うずうずする。
 まだ足りないよ。もっともっと。
 指じゃない何かを埋めたら、あたしは満足するのかな。とっさに指以外のものを思い浮かべてみたけれど、どれもピンと来ない。濡れてひくつく場所におさまって、あたしの大事な部分も傷つけないもの。さまよった視線が机の上でとまった。
 液体ノリの円筒形チューブが転がっていた。これなら火照った部分を埋められるだろうか。
 制服を脱ぎかけのだらしない格好のまま、手に取ってみる。
 どくん。
 漫画で見たように、突き上げられる自分。のけぞり喘ぐヒロインの唇。あたしを魅了してやまない光景が脳裡に浮かぶ。
 キャップの先が丸くなっている。タンポンよりほんの少し太いぐらい。たぶん痛くないんじゃないかな。興奮しながら、そんな計算をしている自分が、なんだか滑稽だ。
 ベッドに座りなおす。枕に体をもたせかけて、足をゆっくりと広げた。
 まだ男のひとも受け入れたことがないのに、あそこに物を入れてしまう。本当にそんな事していいんだろうか。
 手が止まり、喉がごくりと鳴る。
 こわい。すごく怖いの。
 痛いかもしれないという恐れは、あまり感じなかった。ここから先に進んだら、二度と帰ってこれない気がして、背筋がぞくぞくする。

『あの瞬間だけは、なにもかも忘れられたのよ』
『だから、あの時のような気持ちになれば……』

 頭の中にヒロインのセリフが響く。
 濡れた入り口に指を這わせた。差し入れると、吸いつくように指先を咥える。あたしの中に貪欲な生き物が棲んでいる。もうとっくに自分の体は変わってしまっているんだ。
 だから、いいの。何もかも忘れて気持ちよくなれれば。

「くっ……」

 チューブを握りなおすと、そのまま中へ進めた。




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