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 い・た・ず・ら



――  8 ――



 指先が憑かれたように、朝の再現をしていく。
 あたしは……痴漢の指を、ポケットに招いて……それから……濡れた場所も触られたんだ。
 足を広げる。下着の縁を指が滑っていく。痴漢がしたようにせわしく性急に。その端をめくり、指を忍ばせる。ぬるぬるとした感触。今朝と同じだ。
 やめて。人前で触らないで。顔から火がでるほど恥ずかしいから。でも感じたい。あたしはどちらをを望んでいるのか。指は……とまらなかった。
 その場所がくちくちと粘った音をたてる。水音はいやらしいオンナの証だ。襞の隙間に指をいれ上下になぞるたびに、「あんたはもう子供じゃないよ」と音がする。そう聞こえる。
 違うの。あたしはただ、もっと先を知りたいだけ。否定するように首を振って、指先は溢れる場所にたどりつく。
 つぷ。入り口にほんのちょっぴり差しいれた指先が、熱さを感じる。あたしの体内にこもった熱だ。驚いて指をはなす。まだ未開発なその場所は、ぬめる感触だけでなんの痺れも起こらなかった。
 ここじゃないんだ。落胆する思いで指が割れ目をのぼっていく。さっき下着の上から押し潰した芽に触れる。ちりちり。やっぱりここ、この場所。
 すべる指でこする。膨らんで固くなるのが不思議だ。ショーツを下げ、手鏡に映してその場所を観察する。ぼってりと紅くなった芽が、弾けそうに息づいている。その変化を見つめただけで、頭の中が蕩けた。
 皆で幼い頃、くらべっこをした場所。ここがいちばん感じるところなんだ。思い出しながら指先で弄り続ける。ひりり。こすり続けると痛みが湧く。鋭敏な箇所なのだと知った。
 これじゃあダメ。もっと気持ちよくなれない。どうしたら、いいんだろう。



 指をとめて溜息をつく。はぁ、なんかバカみたいだなあ。
 体中がむずむずしている。ぬいぐるみの熊を抱きしめる。胸元に触れる毛並みまで、気持ちいいのが情けない。
 熊をベッドの脇にそっと置く。あたしの身長の半分以上ある大きい熊。ずんぐりむっくりしたぬいぐるみの体躯は、記憶の中で何かと繋がった。
 毛むくじゃら……あたしを捕まえた太い腕……制服姿を舐めるように見て頭の中で裸にし、今もとらえた獲物が悶えていく様をずっと見ている……そんな、錯覚。
 これはいけない妄想だ。意識を現実に戻そうと、瞼を閉じ胸元を隠そうと腕を組む。
「くふぅ……」
 逆効果だった。見えない場所からの視線を感じて、体が縮こまり頬に朱がのぼる。きつく閉じた足の間が、理性と正反対に反応していく。雫があふれショーツに染みを作る。しずまったはずのさざなみがまとまり、波を立て、弾ける白い波頭が見える。
 隠すために覆った手のひらで、胸を揉みほぐす。ショーツの端に指がかかる。
 進んでいいのか、戻ったほうがいいのか。
 あたしは今、パンドラの箱を開けようとしているのではないか。開けたら何かが飛び出してくる。
 頑なに進むのをためらう気持ちがあった。その迷いが指先に現れる。
 だめだって……。
 大切な場所を守るように、布切れの中身を見せないように、あたしの指はショーツの端を握りしめた。
 クイッ。
 肌にめりこむ、ほんの少しの食いこみ。ワレメを刺戟する布地のひきつれ。
「う……く、はぁ…………」
 指先に力が入り、ショーツの端をひっぱり上げる。食いこみが強まって、体の奥に眠っているマグマを揺さぶる。今ならパンドラの蓋が開きそうな気がした。
 刺戟されているのは、押し潰された芽、お尻の谷間、ぐっしょりと濡れた場所。
「はぁ、はぁ……はっ……!」
 気持ちよくて怖くて、ドクドクと心音が高まっていく。怖いのはなぜだろう。何かが体のうちを侵食して、他の色に塗り替えてしまうからだ。
 何かに手が届く。たぶん。
 でも届くまでのわずかな合間がせつない。胸が苦しい。
 知らず知らず、手が動いていた。胸のしこりを揉み、先端を摘まむ。ワレメに食いこんだショーツは、気持ちよさを通り越して痛みを感じるまでの刺激になっている。指先の力を緩め、また強める。リズミカルに、感じるままに。その速さは、誰かに教えられなくても知っている。
 きゅっきゅっきゅ。股間を刺激するリズムはだんだんと速く、より強くクレッシェンドで。規則的に時には不規則に。今なら、この壁の向こうに、行ける。
「くぅぅ……」
 肩に触れる、ぬいぐるみの熊の足。誰かがどこかで、あたしのいやらしい痴態を見ている。両方の指先に、力がこもった。両の手で呼び寄せているのは、快感のさざなみなんてものじゃなくて、もっと大きな……うねりに……巻きこまれて……。





 はぁ、はぁ、はぁ。
 境を越えたら、頭の中がスパークした。全身が暖かい光に包まれ、空中に浮かびあがった。
 もちろんこれは感覚の中での話だ。あたしの体はここにある。自室のベッドの上にいる。誰も見ている人はいないし、ぬいぐるみの熊はぬいぐるみのままで、痴漢のおじさんじゃない。
 体に訪れた強烈な衝撃も、こうしていると夢でも見ていたような気になる。
 いや、夢でない証拠があった。全力疾走したような荒い呼吸。皺がよってよじれ、股間に食いこんでいるショーツ。うねりに巻きこまれる寸前に、掴んでいた片方の乳房には、力をこめてしまったのか鈍い痛みが残っていた。


 気づいたら部屋が暗くなっていた。夕暮れを過ぎて夜になっている。たくさん泳いでプールからあがった後みたいに、体中がけだるい。電気をつけ、のろのろと立ち上がり、よじれたショーツを脱ぐ。紐状になった布地を股間から引き剥がすとき、カタツムリの這った跡のような、粘つく透明な糸を引いた。

 子供ではなく、大人の女としてのステップを、少しだけ踏み始めた証だった。





 パンドラの箱は開いたけど、未だなんの災厄も起こらなかった。ギリシア神話で箱を開けてしまったエピメテウスは、『後に考える』 という意味だ。まるであたしのようだと苦笑する。
 飛び出したのは 『災厄』 だったのか 『希望』 だったのか、今でもわからない。
 この日にぎった『達する』という刺激的な快感は、強烈な魔力を持った磁石のようで、繰り返し遊んでも飽きることがなかった。それどころか、耽溺しのめりこんでいった。
 いやらしく恥ずかしい遊びをしているという自覚はあるのに、その先で待っている陶酔に絡めとられていく。日常で起きた嫌なこともすべて、体が宙に浮きそうになるその瞬間だけ、忘れさせてくれる。



 学校の帰り道、ときどき古本屋に寄ることが多くなった。それもチェーン店じゃなくて、寂れておじいさんひとりで店番をしてるような店に。
 何度か通って探すうちに、一冊のエッチな漫画を見つけた。カバーも取れていて、ぱっと見ただけでは、そんな本に見えない。ヒロインは学生やOL、様々な職種の女性たちだった。お話の中で、彼女たちは放課後の教室で犯され、また仕事帰りに近道した暗い道で捕らえられ、陵辱されていた。



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