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 い・た・ず・ら



――  7 ――



 なんでこんなことしてんだろ。素朴な疑問が湧く。
 いてもたってもいられなくて、体のどこかがジンジンと熱を持つ。

 スカートのポケットの中って、狭いなあ。痴漢のおじさんの無骨な手が、行き場を求めて暴れてる。あたしの指は、色黒で毛むくじゃらな痴漢の手を握りしめる。

 三日ほど前、ポケットに穴があいたんだ。購買にパンを買いに行くときに、そこにいつも小銭を入れているから。お母さん、直してよっていったら、そのぐらい自分で繕いなさいって。面倒くさくてそのまんま放っておいた。だから……こんなヘンなこと、思いついたんだ。

 狭いポケットの中だけど、暴れないで。そんなに興奮したら、スカートが破けちゃう。
 腰骨のあたりを這う、もぞもぞとした感触。それが、あたしじゃない他のひとの手を招き入れているんだと、妙に実感させた。
 指がやっと通るぐらいの穴だと思っていたけど、そんなこと気にもせずに無骨な指が二本通過していった。ポケットはもう使い物にならないほど、破かれているのかもしれない。
 お母さん、ごめんなさい。あたしはポケットの穴も繕えないだらしのない子で、そこから痴漢に触ってもらおうなんて考える、インランな子なんです。
 指がショーツに触れる。おじさんの鼻息が一段と荒くなった。
 耳がキーンと鳴った。もう電車の音なんて聞こえない。周りのひとも見えない。
 痴漢の荒くなった鼻息が首筋にかかって、あたしはもっとドキドキした。
 残りの指は、まだポケットの中にあって窮屈そうに暴れていたけど、無骨な指はちょっとずつ先へと進んでいく。太腿の付け根の、ショーツのラインを撫でる。茂みを覆っている部分を揉む。体がさっきの強烈な感覚を覚えていて、焦れるくらいソコにたどりつくのを待ち望んでいる。
 もう少し、もう少しだから。さっきの場所を触って。もっと弄って欲しいの。
 さっきみたいに、痺れるほどあたしを気持ちよくさせて。

 くに。
 体がぴくりと動いた。痴漢の指が触れたのは、割れ目に隠れた小さな突起の少し横のあたり。
 もどかしい。そうじゃないの。わかって。
 狭い箱の中で、おじさんに近づくように、ほんのちょっと体を寄せる。

 次の瞬間、期待に膨らんでいた風船が、音を立ててしぼんでいく。
 指は触れてほしい場所を、数ミリの距離でかすめ離れていった。その動きの意図するところを悟って、あたしはまた愕然となる。
 そうだ。なんで気づかなかったんだろう。やっぱりあたしは大バカだ。あたしの触ってほしい場所と、痴漢が触りたい場所は、同じじゃない。
 今までとうってかわって、せわしない動きで指がショーツの上を滑っていく。もっと奥へ、大事な場所へと。
 体が熱い。耳たぶが火照る。緊張と恥ずかしさと、怖さがごっちゃになって襲いかかる。膝ががくがくする。

 やめてよ。なんでわかんないの。あたしは そんなこと されたいんじゃない。

 スカートの上から、必死になって痴漢の指の動きを抑えようとする。自分の非力さとバカさ加減を思い知った。獰猛な指は、もっと先へ進もうとする。触られたくないと必死で抵抗する手と、さっきポケットに招き入れた手は、同じあたしの手なんだ。
 頭がくらくらする。怖くてぞくぞくして、それでもあたしはドキドキして濡れている。

 ほんとうは 触られたいって 思ってるんじゃないの?

 違う、ちがう、絶対にチガウ。
 先へ進んだ指が、ショーツの湿り気を感じ取る。痴漢のハァハァする息遣いが、耳にかかった髪の毛を揺らす。
 たまらなく恥ずかしい。感じて濡れてるのがわかってしまう。顔はのぼせたように真っ赤になっていく。
 指がショーツの縁をなぞった。
 だめ。そこは大事な場所だから。あたしの心の中の声は、誰にも聞こえない。
 痴漢のおじさんの指も興奮して震えていた。足の間の湿った場所。ショーツの端から指が潜っていく。そこがぬめりを帯びているのに気づいて、周囲にも聞こえるくらい鼻息が荒くなっていった。
 閉じられた襞の上を指が動く。ぬるぬるした感触を喜んでいるように、何度もなぞる。
 どうしよう、どうしよう。怖いのに、嫌なのに。
 太い指が襞をこじあける。したたり落ちる雫で、あたしのそこが溢れている。
 恥ずかしい。ひたすらに、恥ずかしいだけだ。ポケットの中に痴漢の手を引き入れてしまった、愚かな自分を呪う。その指で感じて濡れてしまうのが嫌でたまらない。自分でもいじったことのない大事な場所を、痴漢の指に許してしまうかもしれない焦りで、制服のブラウスにしみでるほど冷や汗が流れる。背中を伝う汗の感触に気分が悪くなりそうだ。
 このひとはあたしを気持ち良くしない。あたしの望みと違う。さっきお尻を触った痴漢とおんなじだ。しゅうしゅうと音を立てて気持ちが醒めていく。


 顔をあげて車窓を眺める。見慣れた景色が見えた。もう少しで到着だ。熱くなった頭が少しだけクリアになる。俺の獲物だと安心してあたしの股間をまさぐっている、痴漢の顔を見つめた。
 目を見開き血走らせ、手探りで襞をいじっている。見えないけれど股間は爆発しそうなほど、膨らんでいるのではないか。痴漢の顔は紅潮し、鼻息がひどく大きくなった。
 周囲のひとにもわかるほどに、大きな息遣い。
 ふんっ、ふんっ、ふんっっ!
 何人かの乗客がこちらを振り向いた。痴漢の様子から、あきらかに性的に興奮していると想像できる。隣に立つあたしのほうへ、チラチラと視線が送られてくる。
『この子が、痴漢に触られてるのか……』
 そう観察されているような気がした。うつむいて唇を噛みしめた。
 エッチな気分とは別の羞恥心で赤面する。痴漢が鼻息を荒くするほど、弄られている子。それが今のあたしだ。そこまでされて文句もいわず黙っていて、あまつさえ自分でポケットの中に痴漢の手を引きずりこんでいる。
 あたしが他の乗客で、もしそんな光景を見たら、その女の子を助けてあげようとは思わないだろう。勝手に好きなように痴漢に触られて、犯されていればいい。
 それほどに快感だけを追い求めていた、さっきまでのあたし。そして求めても得られなかった。
 ふん、ふーーーっ。
 荒い痴漢の鼻息と、降りる準備のためにざわめく乗客たち。こちらを見つめる幾つかの瞳。
 要らない。こんな痴漢の指はいらない。あたしの欲しいものじゃない。

 さわらないでっ!

 スカートの上から痴漢の手をつかみ、ショーツに侵入した指を引き剥がす。それまでは絶対に逃げられないと思っていた。あたしの怒りにまかせた勢いに驚いたのか、慌てたように濡れた襞から指が逃げていく。興奮と熱さを失ったそこが、ひんやりと湿って感じる。
 痴漢が慌てているのは、犯罪をおかしているという、彼自身の罪悪感のせいだとやっと気づく。
焦ってポケットから抜けにくくなっている、痴漢の手首をつかんで離す。
 何人かの乗客が、寸劇に興味を失ったように視線をそらした。駅のホームに滑りこみ、電車が減速していく。あたしは顔を伏せたまま、長い息を吐いた。





 鞄をベッドの上に放り投げる。ひどく疲れた一日だった。母の帰宅が今日は遅いらしい。
『お米だけ研いで、炊飯器セットしといてくれる? 用事が長引きそうなの』
『うん……わかった』
『どうしたの? なんかヘンよ』
『ちょっと疲れ気味、みたい』
『最近の直子、ちょっとおかしい。何かあるなら話しなさいよね』
 いつもながら母はカンがいい。
『なんでもないよ。叔母さんによろしくね』
 そういって電話を切ったところだ。
 言えない。痴漢にあって怖い思いをした事も、その痴漢の手をポケットに招いてしまった事も。母にいうことはできなかった。それは痴漢に触れられ感じてしまった恥ずかしいあたしも、同時に説明することになる。

 のろのろと着替えをする。自分の体に触れることは、否応なく今朝の出来事を思い出す。それでも、何かがあたしを動かしていた。誰もいない家の中で、また秘密の遊びを始めようとしている。
 ブラとショーツだけの姿になる。ごろんとベッドに横たわった。さわさわと胸元にふれる。小さいながら少しずつ成長をとげている乳房。感じやすいその先端は、ブラの上からでもわかるくらい固くなっている。布越しに触れるだけでも、じわじわと快感が満ちてくる。
 下着をずらして、先端をピンと指で弾いた。チリチリとする感覚。少し前までは、寒い季節に着替える時だけ、固くしこるのだと思っていた。その場所が、今のあたしの快感の源だなんて。自分の体が日に日に変化していくのを、実感する。
 そして、もうひとつ。この体は、痴漢の指でなくてもあの痺れを感じとれるのか。指先でくるくると乳首を転がしながら、そんなことを思い巡らせる。
 試してみたい。あの気持ちよさは、自分でも得られるのかどうか。

 胸元をいじるだけで寄せてくるさざなみ。片方の手は、自然とショーツに伸びる。触れなくても溢れだしているのは、わかっているけど。そっとショーツの上をなぞる。
 今朝の光景を思い出す。無骨な指でさわられたスカート。押し潰された割れ目の中の小さな芽。イヤだ……恥ずかしい。なのに、嫌悪感とともに甘美な気持ちになるのは、なぜ。

 あの時のように痺れたい。

 これはあたしの指じゃない。痴漢の指、おじさんの指。
 ぐに。指を二本揃えて、その場所を強く押す。
「ぁくぅっ!」
 誰も聞いていないのに、どうして声を押し殺すのだろう。
 痺れる。溶ける。そう、あたしが欲しかったのはこれ。この先があるはずだ。煮えたぎるマグマが爆発するような何かが、きっとある。



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