い・た・ず・ら ―― 6 ―― 「うわぁー! お母さんってば、なんで起こしてくれなかったのよ」 「早起きしたかったら、自分で目覚ましかければイイじゃないの」 「だって……あーもう、朝ご飯いらないっ。いってきます!」 鈍くさい自分にバカバカバカと百回ぐらい呟いて、必死でチャリを漕ぐ。 寝坊した。最悪! 昨夜はあれからシャワーを浴びても、体の火照りはおさまらなかった。ムズムズした快感を追い求めて、あたしは胸を弄ったり乳首を摘んだりを、夜中過ぎまで繰り返した。寄せては返す波が何度もきて、体はびくびくと魚みたいに跳ねたけど、熱くなった体はマグマを溜めこんだみたいにいつまでも沸き立っていた。 何かが足りない……そう思いながら寝てしまった。 目がさめたら、下着がしっとり冷たくなっていた。あたしは自分が情けない。 駅の階段を駆け上がると、タイミングよく電車が入線した。早起きして乗る電車をかえるどころか、遅刻ギリギリだ。 混んだ箱に乗りこむ前に、注意深くあたりを見回した。あのおじさんの顔がないか、目で探す。よし、大丈夫だ。万が一いたら、遅刻覚悟で一台電車を見送ろうと思っていた。 「ドアが閉まります。駆け込み乗車はおやめください」 メロディ音が鳴り、プシューと扉の閉まる音。乗客の波に押されて、箱の真ん中に押し込まれる。居場所を確保しホッとして顔を上げたあたしの目に、ありえないものが映った。 うそ……なんで。 鳥肌が立つ。どこにいたの。いつの間に乗ってきたの。 閉まったばかりの扉を背にして、丸く見開いた目で、痴漢のおじさんがあたしをじっと見つめていた。その視線をやっとの思いで受け止める。額に薄く浮いた汗が、おじさんの赤銅色の肌にてらりと光っている。 逃がさないよ。 ぞく。 声なき言葉が聞こえた。学校に遅れてもいい。次の駅で降りよう。 痴漢とあたしとの間に、まだ何人かの乗客がいた。それが唯一の救いのような気がした。たとえ睨みつけられ、頭の中であたしが丸裸にされていても。 触れられたら、あたしヘンになっちゃう。 あのひとの傍に近づいちゃダメ。危険、きけん、キケン……。 次の駅が近づいた。鞄を抱えて、降りる準備をする。開いたドアに向かって踏み出すと、後ろから軽く肩を叩かれた。振り向こうとすると、 「スカートのチャック、開いてるよ」 耳元で囁き声。え……? ハッとしてスカートの脇を抑えた。立ち止まる一瞬がわずかな隙になる。強い力があたしを捕まえた。 「あ……きゃ!」 乗りこんでくる人の波に押しこまれて、足元がおぼつかない。呆然として閉まっていくドアを見つめる。強い力に支えられて、あたしは箱の中ほどにおさまった。 電車がゆっくりと動き出す。もう逃げ出せないとわかって、あたしの体に回された腕が緩められる。 なんであたしなの? 声が出せるなら、そう聞きたかった。目の前にある痴漢のどんぐり眼が、じろりとこちらを一瞥した。 捕まえたよ。 頭の中が白くなる。爬虫類や肉食獣。狩りをするケモノの目だと思った。ギラつくひと睨みが、狩られるモノの戦意を喪失させていく。 あたしは、ここにいるけど、いない。 夢の中にいるような非現実感があった。 ぐりっ。 あたしの体を片腕で小脇にかかえ、おじさんが太腿のあたりに固い棒を押しつける。 気持ち悪い……やめて。いやだよう。 これじゃ最初のときと一緒だ。何回サイコロを振っても“ふりだしに戻る”に止まってしまう。あがれないゲームを繰り返している。 ぐりぐり。ふんっ! 荒い鼻息があたしの耳元に吹きかかる。こんなことしておじさんは楽しいんだろうか。 擦りつけられる固い棒がどんなカタチをしているのか、あたしには想像がつかない。頭にわくイメージは、黒い大きなアイスキャンディー状のモノを股間に生やした滑稽な姿だ。 およそ普段の生活の中なら、一生話しかける事もなく、縁のなさそうな脂ぎったおじさん。あたしは不快さを表そうと、眉をひそめてみせる。 でも、この間はこのひとの指で感じてたんだ。気持ち悪いこのおじさんの指で。 さわ。 スカートの上、太腿のあたりに手が這った。まだ手のひらがじっとしている。動かない。 あたしの左腕は、おじさんの腕に体ごと抱き寄せられて動かせない。右腕は学生鞄をぶら下げている。抵抗できないのに、痴漢は何をためらっているんだろう。 あたしの反応を確かめて、間合いをはかっているように思えた。スカートの布地越しに、手のひらの温度がじんわりと太腿に伝わりだした頃、指がゆっくりと動き出した。 スカートの襞に指が潜って、足を下から上にそっとさする。痴漢がちらりとあたしを一瞥した。 感じてるかどうか、声を出して騒ぎ出すかどうか、反応を確かめてるんだ。 恥ずかしさに頬が赤くなった。表情を見られたくなくて、顔をそむける。 太腿を少しずつ指が這う動きがもどかしい。太腿の内側に指が伸びたとき、体がビクッと反応した。昨夜と同じ、ふわふわした暖かさが体の中に満ちてきた。 あたし感じてる。気持ちの悪い痴漢の指で、気持ちよくなってる。 とてもいけないことだけど、気持ちいいからやめられない。 もっと続けて。あたしを気持ちよくして。 太腿の付け根、ショーツのラインを指がなぞる。女の子の場所に近くて、とてもドキドキするところ。頭がぼうっとする。ショーツが少し湿り気を帯びたような気がした。 スカートの上からだけど、痴漢のおじさんにはあたしの体のカタチが全部、見えているのかもしれない。 体の後ろにも手の感触がした。お尻のあたりに添えられた手が、尻肉を軽く揉むように動いている。 あたしの体が電車の中で、前からも後ろからも触られ、弄られている。 身の毛がよだつ状況のはずなのに、ひどくエッチな感じがして興奮している自分がいる。この先に何が待っているのだろうと、怖い本を読むような震えるけど止められない気持ちがある。 体の前のほうに触れる手は、ゆっくりじわじわと、後ろに触れる手はせわしなく強く動いている。対照的な感覚の差に、奇妙な違和感があった。 そうか。痴漢がふたりいるんだ。 どんぐり眼の痴漢のおじさんの手は、片方の腕であたしの体を抱え、もう片方で太腿を触っている。後ろの手は、他の痴漢の手だ。 あたしが抵抗しないと知って、後ろの痴漢の手はより大胆に、尻肉をスカートの上からグッと掴んだ。 この痴漢はキライ。この手は気持ちよくない。 体が動かないので、首だけを後ろにめぐらして、咎める視線を送る。あたしの体を抱えていた痴漢のおじさん手が、その動きに敏感に反応した。もうひとりの手を、叩き落して払いのける。攻防は一瞬だった。 そのまま、この獲物は俺のものだというように、手のひらをお尻に添え、撫でる。タッチは柔らかいが、その動きがだんだん大胆になっていく。前に回された手も、膨らんだ三角地帯を覆っている。恥ずかしさといやらしさで、体の奥がいちだんと熱くなった。 きっと濡れてる……あたしのアソコが溢れてる。 くりっ! ワレメの部分を、スカート越しに強く指が捏ねた。衝撃で全身が小さく震えた。頭の芯まで突き抜けて、痺れたようになった。 なに? いまのこれ、何? 驚きで伏せていた顔を、思わずあげてしまった。呆けたようなあたしの反応をみて、おじさんがニヤリと笑ったように見えた。 やだ……感じてるのわかっちゃった……絶対。 気をよくした痴漢が、スカートの裾をするすると持ち上げる。 だめ! やっぱりそれはダメ。恥ずかしいし怖い。 もぞもぞと素肌の太腿を指が這う。小さく身じろぎをしても、その動きは止まらない。耳元で聞こえるおじさんの鼻息が、興奮のあまり荒くなっていく。 どうしよう……どうしたらいい? 指で捏ねられた場所がジンジンと痺れていた。ワレメの上のほうにある、あの小さな突起だ。自分ひとりでは得られなかった、激しい快感を求めて、腰の奥が疼いていた。 感じたい……感じたい、もっと。今の場所をもっと弄って。 到着駅まであと少し。あたしと痴漢のおじさんの時間が、もうすぐ終わってしまう。 スカートをめくられるのは恥ずかしい。周囲のひとに見咎められたら、エッチな子だと思われてしまう。ひっそりと箱の中でしている、ふたりだけの秘密を誰にも知られたくない。 さっきの突き抜けた衝撃が忘れられなかった。天啓のようなひらめきが湧いた。自分でもとんでもない思いつきだと思った。 痴漢の手がせわしくなく太腿に触れてくる。その付け根に向かって、ショーツに、女の子の部分を覆う場所にたどりつこうと焦っている。 おじさんはあたしのソコに触りたいんだ。 あたしは気持ちよくなりたい。触ってほしい。 実行したら言い訳のきかない思いつき。 でも、触りたいおじさんがいて、触られたいあたしがいる。痴漢のおじさんとあたしには、何の問題もないように、そのときは思えた。 自由になった左手を、痴漢の手に伸ばした。その手を掴む。急に抵抗が開始されたと思って、足の間で小さな攻防があった。おじさんの手を無理やりに腰のほうへ持ちあげる。 ちがうよ。イヤじゃないの。こっちだよ、こっち……。 意図を察して、痴漢がまじまじとあたしの顔を見つめた。その視線が受け止められなくて、赤くなった顔をそむける。 そう。ここから触ってほしいの。 あたしに導かれたおじさんの手が、スカートの脇にあるポケットに潜る。ポケットの奥にある小さな穴を指先で見つけて、ショーツに向けて指を伸ばした。 耳元で聞こえるおじさんの鼻息が、大きくなった。 Back Next |