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 い・た・ず・ら



――  5 ――



 がやがやと騒がしい教室に到着して、気持ちは落ち着いたけど、痴漢のことを忠告してくれた友人をまっすぐに見ることができなかった。
 心配そうに声をかけてくれるのに、頭痛がするといってそれ以上会話を続けるのを避けた。

 なにやってるんだろう、あたし。痴漢で感じてるなんて、ぜったいおかしいよ。おまけに触らせるなんて。これじゃ予定と逆じゃない。
 考え続けていたら、仮病のはずが本当に頭が痛くなってくる。
 その日いちにち、授業は上の空だった。

 帰り道、電車の箱はガラガラだったけど、足を踏み入れるのに一瞬ドキッとした。
気分転換に駅に着いてから本屋に立ち寄る。目当ての本を探しに、ひとけのない全集コーナーへ。立ち止まって背表紙を目で追っていたら、真後ろに人の気配がした。
 はぁはぁ。
 聞き間違いではない。荒い息遣い。朝の痴漢の鼻息が、時間を超えて蘇ったようだった。反射的に身を固くする。
「ねー、ちょっとお茶でも飲まない?」
 気持ち悪い、きもちわるい、キモチワルイ!!
 これは絶対に性的な誘いだ。あたしの体を望んでいる。その眼で後ろからあたしを裸にしている。猫撫で声に含まれるあきらかな性欲を、敏感にあたしは嗅ぎとっていた。
 振り返らなかった。断り文句もいわなかった。どんな人が声をかけたか、見ようともしなかった。体の向きを変えると、猛然とあたしは本屋から走って逃げ出した。

 なんで、なんで、なんで。あたしばっかりなんでこんな事になるの。普通の女の子だよ。特にスタイル良くないよ。なんで声かけるのよ、なんで!
 地下街を走り抜けながら、心の中で叫んでいた。
 あたしに隙があったから? 大人たちが 『隙のないように気をつけなさい』っていうのは、こういうことがあるから?
 どうやって気をつけたらいいのよ。あたし普通に学校に通っているだけだよ。
 それとも、あたしが女の子だから?!

 答えに突き当たった気がして、走るのをやめた。ぜいはぁ 息をついて、もう一度いまの言葉を考えてみる。
 そうかもしれない……あたしが女の子だから、かもしれない。
 なんかズルイ。なんだか不公平な気がする。
 でも、心のどこかでそうなのかと腑に落ちた。女の子でいるってことは、道行く誰かに頭の中で裸にされたり、悪戯されたり……そういうことなんだ。
 ひどい……でもそうなんだ。大人になるって 『おんな』 になるって、あまり楽しくない。ちょっと悲しい。
 たぶん……あたしは、あたしの中の女の子を、一生懸命守らないといけないんだ。
 小さな決心みたいなものが湧いた。
 それでも何を守らなくちゃいけないか、まだよく分からなかったりした。


 いやだな、こんなの。
 家に帰っても気分はふさいだままだった。原因はわかっている。制服を着替える手をとめた。部屋の入り口にかけてある姿見の前に立って、スカートを床に落とす。
 はだけたブラウスから覗く、白いブラに縁取られた肌の色。膨らみには欠けているが、こうして見るとちょっと隠微な感じがする。白いショーツから伸びた2本の足は、小麦色に日焼けしている。
 あんな痴漢の指なんかで、どうして感じちゃったんだろ。
 ショーツの上から、お尻の丸みに指先で触れてみる。こんな感じかな……ううん、違う。もっと優しくて……。ピンとこない。試行錯誤を繰り返しているうちに、鏡の中の自分と目が合った。
 あたしって莫迦だ。はぁ。小さな溜息をひとつ。
 ベッドに寝転がって、手近なぬいぐるみに八つ当たりしてみる。気が晴れない。
 悶々としながら、手は自然と胸元に伸びていた。護に触れられた時は、とてもいい気持ちだった。護のこと好きって訳じゃないけど、弟みたいな気安い気持ちがあった。痴漢のおじさんは、好きでもなんでもない。あたしは嫌いなヒトの指でも感じちゃうような、インランな子なんだろうか。
 小さな乳房をブラの上から軽く揉んだり、掴んだりしているうちに、体が少し熱くなってきた。ブラをずらして胸にじかに触ってみる。
「あ……」
 やっぱりこれは気持ちいい。この間やってみた時よりもっと、いい気持ち。乳首に触れるたび、体がびくびくする。
 もう一度お尻に手を伸ばす。さっきとなんか違う。ちょっと気持ちいいかも。
 尻の丸みを小さく撫でる指。あの痴漢の指みたいに。もう片方の手で胸もいじる。
 あたしの指なのに、護の指みたいな気がして……痴漢のおじさんの指かもしれなくて……。もしこんな風に、胸まで触られちゃったら……いやだ、こんなのやめなきゃ……でも気持ちいいよぉ。
 くりくりと乳首を軽くつまんだ。
「はぁあ!」
 思わず出てしまった自分の声に、びっくりした。腰の奥がむずむずして、ちょっとヘンな感じがする。どうしたんだろ。何が起きているんだろう。
 立ち上がって、抽斗から手鏡と懐中電灯を取り出した。ショーツを下げ足をゆっくり広げる。灯りを当てて襞を指で開いていく。いつもの儀式のように。
 黒い繁みや重なる襞をかきわけて、小さな一番奥にあるスリットにたどりつく。ここまでは何も変わりはないみたい。でもまだ体の芯がヘンな感じなのだ。
 深呼吸をして、スリットに指をかける。内臓みたいな濃いピンク色したモノが見え……
「あ……」
 小さな声をあげて、慌てて足を閉じた。見てはいけないモノを見てしまった気がした。急いでショーツを履く。それでも胸がドキドキした。

「直子ー! もう夕飯できてるわよ。早く降りてきなさい」
 階下から母の声がした。
「はぁーい! 今いくー」
 そそくさと着替えをする。頭の中は今みたばかりの光景でいっぱいだった。
 どうしちゃったんだろう。これが雑誌に書いてある、『濡れる』 ってことなんだろうか。

 はじめて見る光景だった。指で開いても濃いピンク色の部分しか見えない、いつもの場所。そこには透明な液体が零れ落ちそうになって、入り口を塞いでいた。



「ごちそうさま……」
「あら、もういいの?」
「……うん……」
 食欲なんか全然なかった。自分の部屋に戻って早々に布団にもぐりこむ。
 あたし、さっき濡れちゃった。痴漢の指に触られてるんだって考えながら、胸やお尻をいじって濡れた。最低だ。
 頭がぐるぐるした。気持ちよくなると、ふわふわした暖かいものが体中に満ちてきて、自分でも止められなくなる。もっと先へと追い求めてしまう。

 あたしは、あたし自身が怖い。感じてしまう 『おんな』 である自分がイヤだ。

 泣きそうになってパジャマに着替えた。Tシャツっぽい上着に袖を通す。
 びくん。
 まただ。パジャマの上着で胸元が擦れただけで、感じてしまった。
 あたしが女の子だからいけないんだ。胸とかお尻とか膨らんでなくて、他の存在だったら、きっと感じたりしないんだ。
 こんなの、こんなのが付いているから。
 ヒステリックに、胸の膨らみを自分の手で強く鷲づかみにした。
「いたぁい……うっ、うっ……えう……」
 成熟しきっていない胸は、中に小さな林檎が入っているみたいだった。ぼろぼろと涙が止まらない。胸を掴まれた鈍い痛みが、あたしを少し正気に戻す。
 莫迦だ、あたし。こんなことしたって何にもならないのに。あたしが 『おんな』 なのは罪ではないのに。
 パジャマの上から労わるように、乳房を撫でた。ふわふわした気持ちよさが、ほんのり満ちてくる。
 気をつけなきゃ。あたしの中の女の子が顔を覗かせないように、注意しなくちゃ。覗いたら最後、どうなってしまうか、自分でも想像がつかないから。
 せめて明日は早起きして、乗る電車をかえよう。それなら大丈夫かもしれない。
 そう決心したら、気持ちがちょっと穏やかになった。やわやわと乳房に触れ続けていると、心が蕩けてくる。ふいに体がジンと熱くなった。
 あっ!!
 足の間に温かいものが零れた感触がした。パジャマのズボンに手を突っこんで、軽く足を開きショーツの中心に触れてみる。ほんのり暖かく湿っている。
 太腿の付け根から指を忍ばせた。布団の中に潜っているのに、ドキドキして顔が赤くなってくる。
 ぬる。
 襞のあいだは、オシッコを漏らしたみたいに濡れていた。ぬるりとして指が滑る。
 濡れるって冷たくないんだ。温かくて、ぬるぬるしてるんだ。
 感じたことより、濡れてしまったことより、不思議な体の仕組みに心を奪われていた。襞の奥へと、中心へと指が潜っていく。どこからぬめる液体が出ているのか、確かめたかった。
 暗い布団の中で、あたしは手探りでそこを見つけた。迷う必要などなかった。周囲より一段と熱いところ……あたしの女の子の場所。小さなスリットに指をあてると、じゅんっとまた溢れた。
 その熱さに驚いて下着から指を抜く。スタンドの淡い明かりに、濡れた指先が鈍く光っていた。



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