或る夜



―― 2 ――



 夜半、喉の渇きで佳耶子は目ざめた。隆司の腕枕で眠っていたのに気づいて、慌てて起き上がる。
「目がさめた?」
「ごめんなさい。腕、痺れてませんか?」
「大丈夫。痺れないように、ちょっとしたコツがあるんだ」
「わたし昨夜……酔っぱらって……ましたよね」
「うん、かなりね」
 絶句して固まっている佳耶子の肩に、白いタオルがかけられる。
「起きたのなら、お風呂に行こう」
「あの……」
「つきあってくれたら、酒乱のことは不問にしてあげるよ」
「隆司さんっ!」
 佳耶子の手から離れたタオルが、的めがけて宙を舞った。


 湯殿に続く廊下を、先に立ち足早に歩いていく。ついてくるのが当然といった風情で、隆司は後ろを振り向くこともしない。
 いつもこうやって、このひとに振り回されているのだろうか。
 灰鼠色の瞳が見つめているものを、同じ景色を眺めたくて知りたくて、呼吸するリズムまで等しくありたいと願ってやまない。
 追いかけているのは自分のほうだと、佳耶子にもわかっている。
 脱衣所の暖簾の前で、隆司が軽く片手をあげた。中をのぞいて、
「貸切りだね」
 と微笑む。
「こんな時間ですから」
「じゃ、あとで」
 肩を叩いて左右に分かれていく。これから起こるかもしれないことを予想して、佳耶子の身のうちがじんと熱くなった。


 ぼんやりと自分の姿を鏡に映し、浴衣の帯を解く。洋服より肌身を包みこんでいるのに、脱ぐのが容易だなと考えながら。
 引き戸を開け、黒く濡れた石造りの床を踏み、ほの白い佳耶子の肢体が湯気の煙るうちを進んでいく。掛け湯をしてその身を沈ませる。
 洗い場で隆司がたてる水音を背中で聞いて、佳耶子の視線は洞窟のようにくりぬかれた湯殿の外へと向かう。
 闇が広がっている。夕暮れ時にみた楓の緑も、暗がりに沈んでいる。曇った夜空には、月も星も見えない。渓流が岩を叩く音だけが響く。
 小首をかしげている白い背中に、吸いつきなぶりたい衝動にかられて、隆司はわずかに硫黄の匂いがする湯をかきわけていく。そんな背後の気配にも、なにかに気をとられているのか、佳耶子は微動だにしない。
「さっきから何を考えてるの?」
 うなじの後れ毛のあたりに口づけて訊ねる。
「なんにも……真っ暗だなあって……」
 びくりと背筋を震わせて反応するが、その瞳は茫洋としたままだ。
「今日の佳耶子はおかしい」
「そんなことありません。それより、誰かきたらどうするん……くっ……」
 隆司は両手で肩をつかんで、白い背を責め続けている。舌を伸ばし、背筋にそって舐めあげ、肩甲骨の周囲をなぞる。ときおり思いついたように強く吸いつき、赤痣を散らしていく。
「うっ……くっ……」
 眉根をよせ、唇から押し殺した声が漏れる。渓流の音に抑えた声が入り混じる。もっと昂ぶった声を聞きたくなって、佳耶子の体をひきよせ膝の上に乗せた。
 片腕をあげさせ、脇の下の窪みを舌先で舐める。湯から浮きでた、隆司の掌にやや余る胸の膨らみを、やわやわと揉みしだく。
「ふぁ……んんっ」
 声を立てまいと、佳耶子は自分の指を唇にはさんで噛んだ。
「駄目だよ。聞かせて」
 歯型のついた指を引きはがし、すでに固く立ち上がった自身の剛直を握らせる。
「佳耶子の声を聞くだけで、こんなになる」
「あ……すごい……」
 頬を赤らめて掌にあるものを軽くさする。その動きが大きくなり、指先で先端を包んで嬲るまでに、さほど時間はかからない。
「こんな時間に誰もこない。だから心配しなくていい」
 囁いて、尖りを帯びて震えている乳首を、指の腹で押し潰すように捏ねる。下唇を噛んだ佳耶子の顔が紅潮し、喘ぎを耐えている。それを見て、隆司の指先が尖りを軽く摘んだ。指技に擦るようなひねりが加わる。
「声を出しなさい」
 言葉とともに体にタクトを振られた、と思った。
「んぁああっ!」
 膝の上で佳耶子の体が弾んだ。顎を突きだし堰を切って放った声は、思いのほか湯殿の中で反響する。口元をおさえ、恨めしそうにふりかえった。
「ずるいと……思います」
「本当に嫌がってるなら、しないよ。ほら、手が休んでる」
 掌で軽く握りしめると、弾き返すように膨れあがる。敏感な筋を指先で刺戟すれば、手の中でびくびくと震える。持ち主の冷静さと対をなす肉幹の動きに、佳耶子はすぐ夢中になった。
 首を伸ばした隆司の唇に、乳首がふくまれる。
「ふあっ……ああ、いい……」
 吸いついて、舌先で細かく転がす。蕩けた溜息を漏らすうちに、湯に浸かった体がしなだれるように弛緩する。膝の上でそよぐ繁みに隆司の手が伸びた。
「すごいね。ぬるっとしてる」
 閉じたすき間に分け入る指を、おびただしいぬめりが出迎えた。が、花びらをほぐして襞を開いていくと、ぬかるみも湯に溶けて流れていく。それでも開いた中心からは、熱い汁がこぼれ続けているに違いない。
「あ……」
「足を閉じちゃダメだって」
 片方の太腿を抱えこんで開かせる。膨らんで充血した突起を指でそっと弄ると、佳耶子は鼻にかかったような声を漏らしはじめた。
「んっ……んんっ……」
 声だけでなく、感じている顔も目の前でみたいと思った。隆司の太茎を後ろ手で愛撫していた指は、動きを止めすっかりお留守になっている。
「こっちを向いて」
 ふりむいた佳耶子の瞳が欲情に煙っている。ゆらりと立ち上がり、隆司の唇を奪う。下唇を吸い、強引に舌が割って入る。求められる気持ちに、充血した肉茎がずきんと脈打つ。
「今夜の佳耶子はおかしいんじゃない。すごくエッチだ」
 糸をひく唾液を口の端に滴らせ、唇を離してそう告げると、
「覚悟してくださいね」
 悪戯っぽい笑みがかえってきた。
「酔っぱらいのほうが、まだマシだったかな」
 闇を背にして湯殿に浮かびあがる、白い肢体を抱き寄せる。
「こういうのはどう?」
 向かいあって膝を開かせ、隆司は自身の根元に佳耶子の腰を引きつけるように座らせた。
「あ、当たってます……う……」
「好きなように動いていいよ」
 困惑した表情の佳耶子を、面白そうに見つめている。
 動いていいよと言われても、接吻するように吸いつきあっている互いの部分を、意識せざるをえない。開かれた襞のはざまに、時折びくんと震える隆司のモノが寄り添うように屹立し、敏感な芽に振動を伝えている。頬を赤らめうつむいた拍子に、湯の中に垣間見えるその光景が、ひどく淫らだと佳耶子は思った。
 まだ身のうちに埋めこまれていないのに、胎内に抱えこんでいるような感覚に、もじもじと体が動く。刺戟を求めて、疼いた場所から熱いしずくが溢れ出すのを感じる。
「足を絡めてごらん……そう」
「ああ……」
 隆司の腰に両足を絡め、歓喜仏のような姿になって喘ぎだす。襞を押しつけ、腰を弾ませ、そそり立つ幹に花芽を擦りつけた。
 足りない。もどかしい。焦れる。そんな自分が貪欲だと思う。けれどとまらない。
「んぁっ……た、隆司さん……」
 叫んで胸元に頭をかき抱く。眼前に突きだされた胸の蕾みに吸いつき、浮かんだ腰の下から襞の奥にゆっくり指を沈める。潤んだそこが、浸かっている湯の温度より熱いと感じた。
「はぁ……あぁん……いやぁ……」
 乳首をなぞる舌の動きに、掻きまわし抜き差しされる指の感触に、佳耶子は翻弄されている。
「ココは全然嫌がってない。それどころか……咥えて離そうとしないんだけど」
「いや……だめです……だめっ!」
 次第に昂ぶってくる感覚に、声を偲ぶことも忘れている。隆司の肩を掴む指先に力がこめられた。指に肉襞がまとわりつく。中をまさぐる指が、ざらつき膨らんだ内壁を捉えた。
「あぁ……んっ! そんな、したら……イって……」
 髪を乱し、汗の飛沫が隆司の顔に降りかかる。潜りこんだ指は的確に感じる部分を擦り、高みに追い上げる。呼応するように無意識に蠢く佳耶子の腰つきがいやらしい。
「ふぅん……んぁあ……や、やっ、んっ……」
 その唇から漏れるのは、喘ぎというより啜り泣きだ。小刻みに揺れる乳房の先端を甘噛みする。
「んんーーー!」
 もうすぐ達してしまう……体を内側から揺さぶり、打ち上げる波が近いと思った。
 と、するりと指が抜かれる。
「のぼせるよ。あがろう」
 何を言われたのか咄嗟にわからず、ぼんやりと首を傾けている。促すように湯船の中で立ち上がらせると、佳耶子の顔がせつなく歪む。大好きな玩具を取り上げられた子供のごとく、悲しげな様子だった。
 元より隆司に、佳耶子をいたぶる気持ちなど毛頭ない。指先で味わった内奥の潤みを、絡んで締めつけ包みこむ柔らかさを、自身の楔で感じ取りたい。その場所がずきずきと脈動している。
 湯で火照った佳耶子の体をきつく抱きしめる。押しつけられた欲望の証が、下腹部をノックした。互いの身体が、ひとりでは抱えきれない熱に満ちている。佳耶子の太腿にたらりと蜜が垂れた。


「ここに手をついて」
 命じられるまま洗い場の棚に両手をつき、隆司に背を向ける。その腰がぐいと掴まれた。尻を突き出し体をくの字に曲げて、待ち受ける姿勢。待っている数秒が、何分にも感じる。
 きっと後ろから視姦されている。見つめられる視線を意識すると、足が震える。後からあとから、熱くとろけた液が湧き出てくる。
 待ちきれない。佳耶子は瞼をぎゅっと閉じると、掠れた声を絞りだした。
「き……来て……くだ、さい……」
 ひくついて誘う淫蕩な花びらに、先端をあてがう。ぬるぬるして滑り落ちそうになるほど、溢れている。
「あぁ、いや…………あぁっ!!!」
 猛る切っ先が肉襞をえぐり、背後から一気に貫いた。待ち焦がれ与えられる充足感。埋めつくされ満たされた体が、唸りをあげて喜んでいる。
 沈めた肉茎を入り口ちかくまで引き戻し、また進んで鞘におさめる。充血した内部が擦られて悲鳴をあげた。
「壊れちゃう……ああ……」
 快感に翻弄され、頭が朦朧としている。どこかでぬちゃぬちゃと水音がする。何の音だろうと考えて、自分が立てている音だと気づくのに、少し時間がかかった。
「すごい音がしてるよ。聞こえる?」
「はい……あぁん!」
 ぱんぱんと腰を打ちつける音が激しくなった。のけぞる背に隆司が覆い被さり、胸を揉みしだく。汗の雫が飛ぶ。
「ほら、見てごらん」
 シャワーのコックをひねり、湯気に曇る鏡を濡らした。佳耶子の前に、髪を乱して喘ぎ、乳房を掴まれている女の姿が映る。わたしであって、わたしでない。別の獣のような何か。
「いやぁ! 見たくない!」
「こっちもだ」
 顎をつかんで横を向かせ、脇にある鏡を見せつける。
「繋がっているのが見える?」
 映っているのは佳耶子の腰から下だった。切り取られたように浮かび上がる、丸く白い尻。そこに半分まで抜かれた、赤黒い凶器を咥えこんでいる。佳耶子の蜜にまみれたそれが、灯りをうけてぬらぬらと光る。
「いやです……隆司さん、いやぁ……」
 首をふって恥ずかしがり、羞恥に肌を火照らせる。そんな佳耶子を見ているのが好きだ。たまらなく興奮する。
 だが隆司にも限界が近づいていた。体中の血流が一点に集まり、叫びをあげている。佳耶子の腰を掴み、前後に揺さぶる勢いが激しくなる。胎内に深く埋めこみ、最奥を突く。絡みつく柔襞が締めあげる。引き抜こうとすると行かせまいとして、痙攣するように花びらが収縮した。淫らな生き物が佳耶子のうちに息づいている。
「ん、ふ……あ、ん、んっ! だめ、イっちゃう……あぁ……」
 目を閉じて喘ぐ佳耶子の脳裡に、鏡に映った自分の姿が映画のシーンのように繰り返されていた。胸を愛撫され、剛直を背後から突き刺されている自分。その像が、体の奥を掻きまわす刺戟と結びついて、興奮を高める。いやらしく、はしたない女だと思い知る。
「はぁっ、はっ…………佳耶子っ」
 ふたりの荒い息遣いに、ぴたぴたと肌のぶつかり合う音が混じる。佳耶子の乳房を形が変わるほど掴み、伸ばした舌が首筋に流れた汗のしずくを掬いとる。もう片方の手が割れ目をなぞって、追い立てるように膨れた突起をこすった。
「ふ……ぁあっ! ん、んーーーっ! あぁあっ!!!」
 深く抉られ、体の芯に響く鈍い痛みが走る。佳耶子の膝が、がくがくと揺れる。
「くぅうっ!!」
 駆け上がる快感が頭頂でスパークした。包みこんだ隆司のモノが圧力を増し、膨れあがる。
「うっ…………」
 余韻でひくつく襞のうちに、精が放たれる。中で広がり満たされていく感覚に、佳耶子は身をゆだねた。
 汗ばんだ体を後ろから抱きしめ、隆司が呼吸を整えている。
 このままこの世から消え去ってもいい。佳耶子の意識が、ぼんやりと薄れていく。崩れるように膝をついた。


「佳耶子……かやこ……」
 どれくらい陶然としていたのだろう。隆司に肩を揺さぶられている。
「あ……なに……わたし、ぼーっとして……」
「ここで寝たらダメだよ。外に人の気配がするんだ」
「え……」
 少し酔っているのだろう。がやがやと騒がしい女性たちの声が近づいていた。ふたりで顔を見合わせる。
「先に部屋に戻っているから。シャワーを浴びて後からおいで」
「はい」
 慌てて湯を浴び、全身に滲んだ汗と、混じりあって足の間にぬるぬると零れた体液を洗い流す。
 脱衣所から声高に会話が聞こえてくる。
 湯殿を出るとき、確認するようにあたりを見回す。たった今、交わったばかりの自分の淫臭が、この場所に立ちこめているような気がしてならなかった。



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