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 夢を見た  by カワイ氏



夢を見た。
夕焼けの赤い海に立つ女がこちらを見ている。
女は逆光で光る長い髪を風に揺らしていて、少し背が低い。
俺はその女を良く知っているはずだったが、どうしてもそれが誰だか思い出せなかった。
こちらへ呼ぼうと腕を伸ばしても肝心の名前が出てこない。
仕舞いにイラついておい、と声をあげようとしたがその声すら出ない有様だった。
こちらを見ているのに、気付いているのに、こちらに来る様子が微塵も無い。
名前だ、名前さえ呼べれば。
俺は必死になってきて名前を呼ぼうとする。
でも誰だかわからない。
知っている。よく知っている。他の誰よりも。
世界中で一番近く、長くおれの側にいた女だ。忘れるはずが無い。
でも名前が出てこない。
女は相変わらずおれを見ている。静かに赤い凪ぎの海に立ち、こちらを見ている。
逆光で顔が見えない。
光る髪で顔が見えない。
知っている。知っている。俺は知っているのに。
俺はついに声を絞りだした。
だが、それはただの吃音となって消えた。
短い嗚咽のようだと思った。



夢を見た。
抜けるような青空の向こう側に女が立っている。
陽炎が立つような暑い日で、随分遠くに女はいた。
空を見上げると電信柱の向こう側に白く輝く太陽がぎらついている。
暑い日だ。まるで風も無いうえに、辺りはひどく静かだった。せみの声も聞こえない。
ふと視線を元に戻す。緑の髪の女はまだそこに立っていて、
顔にはっきりした影を落としている為、顔はわからない。
どこかで会った事がある、と直感で思った。
そして良く知っていることも。
名前を呼ぼうとする。前進して駆け寄ろうとする。
しかし声は出ない。足元はぬかるんで歩くことすら出来そうも無い。
自分の手を見ると、じっとり嫌な汗を掻いて自分自身の深い影が落ちている。
そんな馬鹿な。あいつのことは俺が一番良く知っている。
そうだ世界中の……いや、宇宙中の誰よりも俺が一番知っている。
ヤキモチやきで嫉妬深くて、短気で単純で、世話焼きでがさつで、
そのくせ妙に器用で こまめで
俺に心底惚れとる女だ。
ちょっとのことで怒って、くだらないことで喜ぶ
俺を振り回しまくる女だ。
何故思い出せない? 何故名前を呼べない? 何故こちらに来ない?
せめて声を上げられたら……
遠く陽炎にかすむ女は、微動だにせずにこちらを見ている。



夢を見た。
長く降る雨の向こう側に女が立っている。
ずぶぬれで髪がすっかりぺったんこになっていて、泣いているように見えた。
俺はついに走り出す。
考えたって分からないのなら実力に訴えるまでだ。
雨の音がひどく耳について、
自分の鼓動と踏み潰す水溜りの跳ね上がる音が焦燥感を煽る。
捕まえて聞けばいい。
名前は?
知っているのに名前が出ない。のどの寸前まで湧き上がっている空気にも音は乗らない。
何故だ。俺は自分が知っていることを知っている。なのに何故。
焦燥感だけが膨らんで、女との距離はちっとも埋まらない。
たった数百メートルほどの距離だというのに何故。
知っている、知っていると口の中で何度も唱えている。
覚えている、覚えていると頭の中で何度も祈っている。
ここにいる、ここにいると胸の中で何度も叫んでいる。
でも距離は縮まらない。
雨のカーテンは晴れそうも無い。
声が出ない。
俺は知っている、と何度も自分自身に言い聞かせて走り続けた。



「……なぁラムちゃん、わいが言うのもナンやけどいくらなんでもやりすぎやで」
「そうけ? うちだって結構ショックだっちゃ」
「アホはアホでそれなりに真剣なんやから、堪忍したってぇな」
「……すぐ思い出してくれると思ったのに……」
「無茶やでラムちゃん、地球人にそんな精神力あるわけあらへんがな。いくらアホが並外れとるゆうたかて所詮は地球人や。強制記憶排除装置なんか使われたら一発やで。なぁ、もういい加減寝かしたりぃな」
「随分ダーリンを庇うんだっちゃね?」
「別に庇うとるわけちゃうがな。アホが夜中にうなっとるんが気色悪いだけや」
「レイでさえランちゃんのこと思い出したんだっちゃ……ダーリン、ほんとにうちのこと忘れたのけ……?」
「……雑誌の付録も過激になってきたもんやな、わざと忘れさせて愛の深さを測る…なんちゅう趣味の悪い遊びや。わいおおきゅうなりとうないわ、なんとなく……」
「テンちゃんもそのうちわかるっちゃ」
「わからんでええ……もうええ加減にしよぉな、なぁ……」
ラムが凝視している14型TVディスプレイに、あたるの“今現在見ている夢”が映っていた。
あたるは必死に名前を思い出そうと苦悩を重ねている。
思い出してくれない、と不満を漏らすラムには分からない。
“必死に思い出そうとしている”あたるの焦燥が。
それでも、ディスプレイを見つめるラムは少し嬉しそうだった。



Next ――[夢を見た] fin.  [夢のつづき] に続く



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