雪柳



――― 2 ―――



 掌の中にある膨らみは熱く、強張った感触に誰かを思い出しかけた。
 蕩けた視界の中で、幸野が息を荒げこちらを見ている。
 普段は穏やかに見守り、わたしを求めているひと。すぐに気持ちは要らないと、あの男を忘れなくていいと言った。痕を付けるだけだと。
 胸に咲いた紅い染みを見つめる。幸野がわたしに付けた痕。頭の隅で何かが弾けた。
 静かに後ろを振り返る。深呼吸をひとつ、した。

 俯いたままショーツに手をかける。足首から抜く時、履いていたミュールに引っかかり、決まりの悪い思いをした。片足だけ脱ぐと、幸野はわたしの顎を掴み、顔を上向かせた。
「声は出さないで」
 制すと、スカートの中に手を入れ、膨らんだ花芽を嬲り始める。強く弱く擦りあげ、そして押し潰す。遮るものがなくなった下肢の合間から、太腿の内側にとろりと蜜が垂れる。
「や……無理。声、でちゃう……」
 声を忍んで小さく叫ぶ。それでも鼻にかかった喘ぎが漏れる。
 幸野が少し困った顔をして、蜜にまみれた指を引き抜くと、わたしの唇に押しこんだ。驚く間もなく狭間の奥に再び指が潜り、柔襞を撫で始める。自分の味がするのも厭わず、口に含んだ二本の指を吸った。ひたすら声を耐えるために。軽く歯を立ててしまったかもしれない。
「噛んでもいいです。夏目さんに噛まれるなら本望」
 内壁の感じる部分を、指先が執拗にまさぐった。気持ち良さに、襞が指を食い締める。もう間違える事はない。幸野の指だと感じとれる。どちらも一杯にされているから。
 手を伸ばして、幸野の股間の昂ぶりに触れた。チャックを下ろし、いきり立つものに指を這わす。息苦しげに反り返っているのを、トランクスから取り出した。自分だけ気持ちよくなっているのが、どこか申し訳ない。はちきれそうな幹を、手でそっと撫でる。熱い強張りをびくびくと震わせ、先走りの汁を零し、幸野が低い呻きをあげた。
「夏目、さん……」
 押し殺した囁きに、黙って頷いた。どちらも同じ気持ちだから、多分。

 周囲を窺うと幸野はわたしを抱えあげ、道路脇にある石垣の上に乗せた。公園の植え込みを背にする形で、太腿のあたりまでスカートを捲り上げる。膝のあたりに丸まり、引っかかっている布切れに目がいく。幸野に脱げと命じられたショーツ。遮るものが無い茂みを、幸野の指先が玩ぶ。
 このままだと幸野としてしまう。当然の事ながら。
 知らない人にも、もしかしたら見つかって……。
 わたしの不安を見越したように、幸野の指が狭間に潜る。すっかり準備が整った、濡れた襞をまさぐる。じわじわと快感を取り戻しながら、覚悟を決めたような、そうでもないような、中途半端な気持ちだ。迷っているのは、こんな場所でしてしまう事に、だろうか。それとも互いの関係が変わってしまうのが、イヤなのか。
 幸野の手が、指の腹で乳房の先端を撫でる。与えられた刺激に、小さく吐息が漏れた。指先で乳首をピンと弾き、わたしをもう一度濡らしてから、剥きだしの乳房を隠すようにコートの前を合わせた。
 終わりのつもりなのだろうか。怪訝な顔に答えて、
「誰かが来たら、危ないので」
 幸野は短く言うと、片手で張り詰めた固いモノを握る。喉に何か詰まった感じで、言葉も出なければ唾も飲みこめない。しどけなく素足を投げ出して、ただぼんやりと幸野を見つめている。時折、肌を撫でる風が寒い。ちりちり鳥肌が立った。
「もし誰かに見つかっても、必ず守りますから」
 そうしてくれると信じてる。でもひとつだけ聞きたい事があった。
 本当にわたしでいいの?
 言葉にできないまま、距離が詰まる。幸野の姿が、道路への視界を遮る影になったところで、瞼を閉じた。何も考えまい、何も思うまい。ただ感じられるように。

 切っ先が入り口を探り、濡れた蜜壷にあてがわれた。互いの体が触れ合う、この一瞬にドキドキする。躊躇っているのか、弄んでいるのか。焦らすように擦るだけのひと時があって、待ちくたびれたその場所から熱い露が滲んだ。はしたなさに顔が赤くなる。
 目を瞑っている間に、影が幸野でないモノに変わっていたらどうしよう。ふいに心細くなり薄目を開けると、変わらない面差しがあって安らぐ。
 その隙に屹立が押し入った。入り口の襞が巻きこまれ、ひきつる感覚に顔をしかめた。形を刻みつけるように時間をかけ、じわりと抉る。
 これが幸野の硬さ、熱さだ。穿たれ、少しずつ埋められながら、そう感じる。
 息を詰めていないと甲高い声を上げそうで、唇を噛み、幸野の胸に縋りつく。すべて打ちこまれた時、わたしは長い息を吐いた。
「動きますよ」
「ん……やっ、ゆっくり……」
 慣れない態勢に戸惑って、抱き止める腕に身を委ねた。突き上げられるたび、体が揺れる。肉茎が内襞を引っ掻き、わたしの中が幸野の形に合うように変えられていく。二人で立てる水音が聞こえる。擦られた襞が熱を持ち、溶け出している気がした。
 その動きが、いきなり止まった。
「どうし……たの?」
「バイクがこっちに来ます」
 特徴ある爆音が近づいていた。そんな事も気づかないほど溺れていたのかと、愕然とする。
「ごめん、立ってください。夏目さん」
 幸野のほうが数倍冷静だ。抱えられて石垣から下りると、蛇行しながら近づくバイクのライトが見えた。


「あ、あのね……気づかれないかしら」
 バイクは空ぶかししながら、少し離れた場所に止まっている。若い男と小柄な女の二人連れだ。
「大丈夫でしょう、きっと」
 こんな状況で、なぜ幸野は平然としていられるのだろう。
「向こうもカップルだし、こうしてたらこっちも恋人同士に見えますよ」
 どう見えるとか、そういう問題ではなくて。
 膝の辺りに丸まっているショーツは、無事スカートに隠れていた。とりあえずはホッとする。
 お尻の辺りにムズムズする感触がした。薄手のスカートの上から、幸野の手が膨らみを撫でている。睨み返そうとしたが、足元がふらついた。
「爪先立ち、きついですか?」
 幸野に抱き寄せられているので、態勢自体は辛くない、けど。
 舗道に下ろされた時に、幸野のモノはわたしの中から半分ほど抜け落ちた。肉茎が中途半端に引っかかり、感じやすい箇所を刺激している。繋がりあった部分から、むず痒いような快感が生まれて、ぞくぞくするのが止まらない。
 バイクのカップルの方を見た。薄茶色の長い髪をかきあげて、女性が何か囁いている。そして二人同時に、こちらの方を見た……ような気がする。こんなところでしているなんて、まさか想像もしないだろうけど、万が一気づかれてしまったらどうしよう。
 考えただけで体の奥が熱くなる。埋められた部分がひくんと蠢いた。
 ダメだ、耐えられない。おかしくなりそうだ。
 いっそひと思いに貫いてくれとか、イかせて欲しいとか、そんな言葉が喉元まで出ていた。
「たす……けて、声……でちゃう……」
「辛かったら踵を下ろして」
 かぶりを振った。できない。踵を下ろしたら抜けてしまう。
 しっかり支えるためにか、幸野の手が腰をぐっと引き寄せた。その振動だけで、すごくやばい。体が小刻みに震えた。とろりと蜜が垂れて、太腿を伝っていく。
 幸野の手が、蜜の流れた股間を探る。繋がっている場所に触れる。露に濡れた指で、膨らんだ花芽をまさぐる。
「すごい。洪水だ」
 囁きに頬が赤くなった。じぃんとする刺激が、頭頂まで届く。指先がぬるぬると蠢き、いやらしさを煽った。
 追い上げられている。体の中にキモチイイが溜まって、もうすぐ溢れ出しそう。
「あふ……キス、して……おねがい。……あた……しのクチ、ふさいでっ」
 でないと、叫んでしまうから。
「喜んで」
 ちっとも喜んでなさそうな掠れた声で、幸野は言った。
「んふぅ」
 繋がっているのに、イキそうなのに、これが幸野と初めてのキスなんだ。おそるおそる啄むような、臆病なその唇を、わたしは貪るように吸った。
 両腕で幸野の首筋にしがみつく。あのカップルの目に、わたし達はどう映るだろう。幸野の言うとおり、恋人同士に見えるかもしれない。そう考えると胸がちくりとした。わたしは快楽に流され、何かの隙間を埋めるために。幸野はそんなわたしに痕を付けるために、こうしているのだから。
 幸野の肩が僅かに沈んだ。そして突き上げる。衝撃で全身がわなないた。
「ぁあっ!」
 仰け反った拍子に唇は離れ、喘ぎが漏れる。
 急に眩しい光に照らされ、バイクのエンジン音が間近に聞こえた。見られているかもと思ったら、恥ずかしさが膨れ上がる。
「んっ、ん……んーーっ」
 ふらつく体を、幸野がきつく抱き締めて支えた。叫び出す寸前で、荒々しいキスが唇を塞ぐ。強く吸われた舌が、じんとして痛い。それに応える気力はもう残っていなかった。
 周囲の音が遠ざかり、何も聞こえなくなる。二、三度体が揺さぶられ、深く貫かれた。秘部を抉る肉茎の感触ばかりが生々しく、絡みつくように柔襞がひくひくと痙攣する。埋め込まれたモノが隙間なく膨らみ、弾ける。
 体の奥に熱い樹液を受けながら、わたしは果てていた。


「……夏目さん?」
 気が付くと、幸野が必死で呼び掛けていた。ほんの少しだけ意識が飛んでいたかもしれない。ずり落ちそうなわたしの体を、一生懸命支えている。
「えーと、その」
 こんな時に何を喋ったらいいのか分からない。体はまだ余韻が醒めず、熱く火照っていた。二人の体液が混じり合った股間は、すごい有様になっている。幸野の顔を直視できずに、視線を彷徨わせた。
「バイクはどこへ行っちゃったのかな」
「Uターンして大通りの方へ」
 答えながら目を逸らしているのは、幸野も同じだ。
「だから……」
 手を伸ばし、ゆっくりとコートのボタンを留めてくれる。
「夏目さんのイク顔を見たのは僕だけです。安心しました?」
 顔が赤くなるような事を平気で言う。もしかしたら、とんでもない奴に見込まれたのかも。
 最後のボタンがかかる前に、幸野が付けた痕、胸に散った紅いしるしを見つめた。
「もし良かったら、シャワーを浴びてコーヒーでもいかが?」
 そう呟くと、幸野が破顔した。





 約束の時間にはまだ五分ほどあったが、出かける準備はすっかり出来ている。幸野は多分時間きっかりに、下から電話をしてくる筈だ。
 気温の高い状態が数日続き、桜の開花宣言が出された。花冷えの気候を挟んで、そろそろ桜も散り始める頃、幸野から連絡があった。「お花見に行きませんか」と言う。あの夜から一週間が経っていた。
 何のことはない、同僚と花見をするだけだ。行き先もセッティングも全て幸野にお任せコースで、身一つで良いという気軽さに、つい乗ってしまったのだが。
 職場での幸野の態度は極めて普通だったので、改めて二人で会う事を考えると、妙に心が騒ぐ。別に特別な関係が始まったわけじゃない。奔流に押し流されたような記憶は鮮明だが、胸のしるしは跡形もなかった。
 未だに失恋を引きずり、街中で似た背格好の人を見ると振り返る癖は変わらない。幸野の言うとおり、強いて忘れる必要もないのだ。それでも、膿んだ傷口にうっすら膜が張るように、触れるだけで飛び上がるような胸の痛みは、もう無い。少しずつだが、日にち薬が効いていた。


 春が行き過ぎるのは早い。N公園の樹木はすっかり様相を変え、あの夜揺れていた雪柳も新緑の枝葉を茂らせている。満開の桜に誘われて、今夜はそぞろ歩きをする人影がある。
 この場所でも花見ができるのではと提案しそうになり、思い止まった。生々しい感覚が蘇りそうになったから。
 車の後部座席には、来る途中で買いこんできたらしき、食料の入った手提げ袋があった。おいしそうな香りも漂って、空腹を刺激する。
「クーラーボックスでビールも冷えてますから」
 準備は万端だと幸野がアピールする。
「車、なのに?」
「飲むのは夏目さんですよ、もちろん」
 なるほど。遠慮の必要はないらしい。
 助手席に乗り込みシートベルトを締めると、フロントガラスを見つめたまま幸野が言う。
「出かける前に、電話の約束を確認させてください」
「どうぞ」
 とくんと大きく心臓が跳ねたが、平静を装って答えた。
 幸野の手が、膝上からスカートの下に潜る。ストッキングの感触を捉えて、しまったという顔をした。
「ストッキングはダメだなんて、言わなかったでしょ?」
「そうですね」
 さして落胆する様子もなく、上へと撫で回す。手の動きにつれ、太腿の際までスカートがたくし上げられた。指先が恥丘の茂みに辿りつく。陰毛がストッキングに透け、薄墨色に翳ったその場所を、ゆっくりと撫でる。
 高鳴り始めた鼓動を抑えるため、大きく息を吐いた。
 幸野は電話で言った。できればスカートで、ショーツは穿かずに来て下さいと。その申し出に強制力は無かったのに。
「ありがとう。じゃあ、出かけましょうか」
 点検を終えると、満足げにスカートの裾を整えた。何事も無かったように車が走り出す。
 閉じた瞼の裏で、あの白い雪柳が揺れる。触れられた部分が、ほんのり熱を持っていた。



BACK ――― fin.






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