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 シェリーの憂鬱



―― 幕前 ――



「ふむ……左様ですか。それはまた、お気に召して頂けて何よりでございます。○○様」
 その男は穏やかに電話の応対をしていた。男は組織の一員である。政財界とのパイプを作り、そのために組織に属する女性たちを、宴席に提供することも辞さない。それが組織のために必要とあらば。
「……なるほど、それは面白い趣向で。ええ、もちろん、○○様のお心に叶うよう、精一杯盛り上げさせていただきます。お任せ下さいませ」
 男は電話を切ると、目の前にいる部下にひとつ指示を与えて、タバコに火をつけた。



 数分後 男の前には、シェリーが眼に怒りの炎を宿して、立ち尽くしていた。
「一体どういう事なんです? これは」
「どうもこうもない、この間の接待が大変お気に召されたという事だよ、シェリーくん。ひとつ、もう一度だけ組織のために役立ってはくれないかね? もちろん無理にとは言わないが……」
 うつむいたまま、シェリーはギリリと唇を噛みしめる。もしここで断ったら?
 男が次に言うセリフは分かりきっていた。無理にとは言わないが、こちらには写真が手元にあるのだよ、と暗黙のうちに脅しを効かせていた。
 姉の明美が眠ったまま撮られた、煽情的な写真が組織の手の中にまだあるのだ。
 明美を、姉を守るために、自分がすべてを飲み込めばいい。ふたりきりになってしまった姉妹、自分以外に誰が組織の卑劣な手段から、姉を守ってやれるのだ。
 心を決めたシェリーは、むしろ涼やかな顔をあげて、男の眼を見つめた。
「了解しました。その代わり……」
「君の言いたいことは分かっているよ。もちろんお姉さんには指一本触れさせない」
「ありがとうございます。是非ともそのように」
 シェリーは射すくめるような視線を男に投げかける。約束を違えないでくださいよ、と。
 柔和な笑みでシェリーを見返して、男は頷くと、腕時計に眼を落とした。
「十分後に迎えの車が下にやってくる。急いで支度をしてくれたまえ。よろしく頼んだよ。今回の成否は、君の手腕にかかっているんだ」
 そう言うと男はシェリーに、握手のつもりの右手を伸ばす。
「準備がありますので、これで」
 男の手を握らずに会釈し、踵を返すと、シェリーは白衣のまま部屋を出て行った。

 ますますもって気の強い女だ。今夜はきっと依頼主には、面白いショーを楽しんでもらえることだろう。そう考えると、男はひとりでほくそえんだ。


 十分後、時間通り階下に降りたシェリーは、車に乗り込んだ。
 外部の見えない車に揺られたまま、シェリーの想いは明美の元に戻っていく。大丈夫だ、きっとやりきってみせる、姉を卑劣な組織の手に堕とさせはしない。そう自分自身を励まし続けた。




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