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 野ばら姫



――魔物がおとずれた話



 古びた塔のてっぺんにある小さな部屋の寝台で、お姫さまはこんこんと眠り続けていました。
 不思議なことに何年たっても、そのお姿は愛らしい十五歳のままなのです。
 白い顔は雪のようですし、ほんのりとうす桃色にいろづいた頬は、ばらの花びらを朝陽に透かしたみたいです。栗色の髪は柔らかく波うって肩までこぼれ落ち、こい珊瑚色のくちびるは穏やかな寝息を立てていました。

 野ばらの生垣をゆする音がしました。絡みあった枝が出入りを拒むと、訪問者はゆっくりとかたちを変えています。それは人ではなく魔物でした。

 それの体はぶよぶよとした大きな塊です。たくさんの腕とも足ともつかぬ、ながく鞭のようなものが無数に生えています。森の色とも土の色ともつかぬ、くすんだ色の塊でした。 長い腕を器用にうごかし、けんめいに生垣と格闘していましたが、どうあってもそれが開かないとわかると、魔物はうすべったく平たくなりました。大きな水たまりのように広がると、そのまましずしずと生垣のすきまを縫って中へ進んでいきます。野ばらの棘は、魔物の体にいくつも傷をつけましたが、ものともしません。棘によって引き裂かれた場所からじくじくと粘液めいた汁をたらし、這っていきます。傷口からは鼻をつく悪臭がただよい、魔物がとおりすぎたあとには、ぬるっとした銀色の筋ができました。

 野ばらの生垣をぬけると、そこから先は魔物をさえぎるものは何もありません。元の醜悪な姿にもどり、たくさんある手をゆらめかせながら、お城のなかを進んでいきます。
 肉をあぶりながら固まったかまどの火。下働きの子供を殴ろうとして止まっている料理番の拳。大広間へ向かう扉の前で眠っている王さまとおきさき。
 何本かの手、いや足をとめて、魔物はときどき立ち止まります。手を長く伸ばし、凍りつき固まった人々の体を撫でたり突ついたりして、眠りの城の様子を確認しているようなのでした。

 魔物はやがて古びた塔の入り口にたどりつきました。お姫さまが眠っている塔です。粘つく液を流しながら、螺旋の階段をのぼっていきます。
 突当たりの扉が、きしんだ音をたてて開きました。寝台では野ばら姫がすやすやと眠っています。魔物はその前に進んで、そして止まりました。

 醜い姿をした沢山の手のある化け物は、お姫さまに魅入られたようにじっと動きません。おとなしく寝台の中で眠っているだけの姫は、魔物ですら歓迎するように珊瑚色の唇に微笑を浮かべているのです。
 魔物の体がぶるぶると震えました。いちばんてっぺんに生えていて、うっすらと産毛のようなものにおおわれている、二本の細い手が伸びました。そしてこわれものを扱うように、野ばら姫の頬に触れたのです。やさしく、撫でるように。
 柔らかな毛の生えた二本の手は、次に伏せられた睫毛にそっと触れ、耳たぶをくすぐります。栗色の髪の毛先に巻きついて、引っ張ってみたりします。もちろんお姫さまは眠ったままですけれど、ほんのちょっぴり頬に赤みがさしたふうに見えました。
 どうやら魔物はお姫さまを目覚めさせたいようでした。けれど時がくるまで呪いを解くことはできません。細い手が残念そうに珊瑚色の唇を何度もなぞります。すると野ばら姫は楽しい夢でも見ているように、口角をつりあげ微笑んだのです。
 化け物の沢山の手がざわざわと揺らめきました。ぶよぶよした本体が蠢き、次第に表面の色あいを変えていきました。







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To be continued...




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