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 野ばら姫



――お皿が一枚足りなかった話



 昔むかしある国に、王さまとおきさきがいました。
 おふたりは長いあいだ子供ができずにいて、
「なんとかして、子供がほしいものだ」
 といい暮らしていました。
 ある日のこと。おきさきが水浴びをしていると、蛙がやってきていいました。
「あなたの望みはきっとかなうことでしょう。一年たたないうちに、お姫さまがお生まれになります」
 蛙の言葉どおり、おきさきは女の子を産みました。それはそれは可愛らしいお姫さまだったので、王さまは大喜びでお祝いの宴を催すことにしました。
 宴には親戚や友だちや家来たちのほかに、「不思議な力をもった女たち」が呼ばれることになりました。
 この女たちは国じゅうで十三人いましたが、お城には金のお皿が十二枚しかなかったため、ひとりだけ祝宴に呼ばれない女がいたのでした。

 おめでたい宴が賑やかにはじまりました。招かれたものたちは口々にお祝いの言葉をのべ、「不思議な力をもった女たち」はいろいろなすばらしい贈りものをしました。一人は美徳を、もうひとりは美しさを、三にんめは富を、といったぐあいです。
 こうして十一人の女たちがめいめい呪文を唱えおわったとき、呼ばれなかった十三人めの女がつかつかと宴の席にはいってきました。
「お姫さまは十五歳になると、紡錘(つむ)に刺されて死んでしまうよ」
 大きな声で呪いの言葉を吐くと、それきり何もいわず帰ってしまったのです。
 みんなぎょっとして恐れおののいているところへ、まだお祝いをいっていない十二人めの女が前へ進みでました。
「お姫さまは死ぬのではありません。百年のあいだ死んだように眠りつづけます」
 呪いの言葉を解くことはできないので、せめてその力をやわらげる呪文をとなえたのでした。

 十三人めの呪いをおそれた王さまは、お姫さまのために国じゅうの紡錘というつむを、焼き捨てておしまいになりました。

 月日がたちお姫様はすくすくと成長し、女たちの言葉どおり、美しく愛らしい、ひとめ見ただけで誰が見ても好きになる魅力を備えました。

 ところが、お姫さまが十五歳になった日、王さまとおきさきは出かけてしまい、お姫さまはたったひとりでお留守番をすることになったのです。
 暇にまかせてお城じゅうを探検していたお姫さまは、古びた塔にたどりつきました。
 細い螺旋形の階段をのぼると、つきあたりに小さな部屋がありました。さびた鍵をまわすと戸が勢いよくあいて、部屋のなかには紡錘を手にしたおばあさんが座っていました。
「おばあさん、こんにちは。何をしているの?」
「糸をとっております」
「ぐるぐるまわって面白そうね」
 お姫さまは自分も糸を紡いでみようとしました。
 紡錘に触れたとたん、いつぞやの呪いのとおりに指を突いて倒れてしまったのです。
 そのまま、そこにあった寝台の上でぐうぐうと眠ってしまいました。

 この深い眠りはお城じゅうに広がりました。帰ってきたばかりの王さまとおきさき、家来たち、かまどで燃えていた火も、屋根の上の鳩も、壁にとまった蝿までもがぐっすりと眠ってしまったのです。
 お城のなかの時間が、ぴたりと止まってしまいました。

 お城のまわりに生えていた野ばらが、生垣のようになってぐんぐん伸びました。やがてお城は野ばらの枝に包まれてすっかり見えなくなってしまいました。

 眠っている美しい野ばら姫の伝説は、国じゅうに広がりました。
 この話を伝え聞いたほうぼうの王子たちが、ときどき力ずくでお城に入ろうとしますが、うまくいきません。野ばらはまるで手がありでもするように、しっかりと抱きあってしまうので、訪れたひとは引っかかったきり体をぬくことができず、むごい死に方をするのでした。



 このお話は、野ばら姫が眠ってちょうど九十九年と十一ヶ月たったところから始まります。



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