眠れない



―― 2 ――



 桜色に染まった頬が、カーテンの隙間から射しこむ月光に照らされていた。セックスを拒まないのは、この頼りなげな姿態の中にも、自分と同じような獣欲が眠っているのだろうか。それとも僕を受け止める気持ちがあるのか。
 ふと確かめてみたいと思った。
 口紅こそつけないが、薄く整った唇から漏れる喘ぎを、もっと聴きたい。無理強いするのでなく自然と交わりたい気持ちになってくれたら、それも可能かもしれない。
 とはいえ、ここから先が思案のしどころか。なにしろこちらから襲うばかりで、千津さんと正常位以外で交わったことがない。
 これからどうするの? とばかりに僕を見つめているのが、何ともいじらしい。でも新たなる第一歩のために、ここは乗り越えないと。
「腰を……下ろしてください。僕のをあてがって、そのままゆっくりと」
「ん……こうか……この体勢で、できるもの……なのか」
 それは千津さん次第という気がする。ふきだしそうになるのをグッとこらえる。僕の固いモノは、一刻も早く中を味わいたくて唸りをあげていたけれど、性急に事を進めて千津さんがまた殻に閉じこもってしまったら、元の木阿弥だ。
 勃起したものに、彼女の指が絡んだ。それだけでじわりと先端から露が漏れる。おそるおそる、化学の実験でもするように真面目な顔で、腰の位置を決めていく。
 いよいよ千津さんの入り口に先端が触れ…………ぬるり。滑った。
「………………すまない……」
 粗相をした子供みたいにしょげている。そんな彼女が可愛くてたまらない。普段の千津さんとあまりにも違いすぎるから。
「あなたが悪いんじゃないんです。ほら、ここが……」
 千津さんの手を取って掌を重ねた。導いて、濡れそぼる場所に触れる。露をふくんでしっとりした淡い茂み。その奥は、指先が容易に滑るほど溢れている。
「こんなに濡れているから」
 告げると、重ねた小さな手がビクっとした。
「おかしい……のか、わたしが」
 恥ずかしがっているのだと、最初思った。だが。
「そう、なんだな」
「あ、いや……千津さん?」
 拗ねたようにプイと横を向いた千津さんの顔は、羞じらっているのでも照れているのでもなかった。下唇を噛みしめ、憤懣やるかたないといった表情。それはまるで、作品製作が難航してる折に見せる、癇癪を起こしそうな顔に、とてもよく似ていた。
「どうしてこう……なるのか、自分でも…………わからない」
 千津さんにしては大きめの激した声が、次第に聞き取れないほど小さくなった。口の中ではまだ言葉を転がしている風だったが、音にはならず、やがて大きくかぶりを振った。肩先で切り揃えたばかりの、市松人形のような黒髪が、ふわり広がって乱れる。
 頑是ない子供みたいな仕草を、僕は呆然と見ていた。
 怒っているのだ。憤ってもいるのだ。それに。
「……なんで……」
 千津さん自身が体の変化に戸惑っているのだと、遅まきながら気づく。
「おかしくなんか、ないっ!」
 とっさに跳ね起き叫んでしまった僕を、千津さんは目をぱちくりさせて見つめていた。驚かせてしまっただろうか。
「いや、その……」
「ヘン……ではないのか。そうか」
 悪びれるでもなく得心がいったように頷くと、今度は自ら濡れている裂け目に指を伸ばした。
「ぬるっとして……むずむずするのが、おかしな感じだが……こういうものなのか、ふむ」
 うっすら目を閉じた千津さんが、僕の上にまたがり秘処を弄くっている。指先は股間に潜って確認できないが、前後に擦っているように細い腕がわずかに動く。その癖、千津さんの表情からは、いやらしさは微塵も感じられないのだった。
 卑猥であり清らかでもある、不思議な光景。それを見て一度萎えかけた肉茎が、どくんと熱を持つ。千津さんへの欲情がとまらなかった。





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