眠れない
―― 1 ――
蒸し暑い夜に、扇風機が小さな羽音を鳴らしていた。寝返りを打って、足元にある柔らかい感触にギクリとする。
「あ……びっくりしたー。千津さん、あなたですか」
「他に誰がいるか」
暗がりに見慣れた人影があった。無造作に切り揃えた黒い髪の奥から、やや不機嫌そうな低い声がした。いや、千津さんの声の調子はいつもこんな感じなのだ。はじめて家に来たひとは大抵びっくりする。愛想のないことこの上ない。
「眠れないんですか?」
「ぅん…………」
黒い影がもぞもぞとにじり寄る。鼻を鳴らしたような声に、わずかに甘えたような響きがこもる。これは僕が千津さんと半年間いっしょに暮らして、やっと判ったことだ。
「ここで一緒に寝ますか?」
「いや……狭い……暑い……」
じゃあ何をしにきたのだ? という疑問をぐっとこらえた。千津さんと付きあうには、これくらいでめげてちゃいけない。なにしろ彼女は言葉数が少ない。言葉遣いもぶっきらぼうだ。表情にも乏しい。感情を理解するのに、僕はいつも人並みでない苦労をしているのだから。
「いつから、ここにいたんですか?」
「ん…………三十分くらい……前、かな」
千津さんの性格からして、自称三十分とはイコール約一時間だろうと推測する。人と時間の感覚がずれている。一時間も前から、じっと僕のベッドの足元に座って……。僕が気づかなかったらどうするつもりだったのだろう。
「寝なくてもいいですから、とりあえず横になりませんか。まぁ、その……狭くて暑いかもしれませんが」
「…………ん」
今日の千津さんは、それなり疲れているのだろう。相変わらず不機嫌そうだったが、素直にコロッと横になった。僕に背中を向けて。
肩ほどで切り揃えた黒い髪がシーツに広がった。素っ気ない綿のパジャマに包まれた、少女体型の細い体が目の前にある。
落ち着け。深呼吸だ。ここでケダモノになっては元も子もない。
ひとつ屋根の下に暮らしているといっても、僕の立場は同居人兼居候兼千津さんの世話係、みたいなものだ。嫌われてはいないようだが、恋人というには無理がある。
寄り添って後ろから抱きしめたい衝動をぐっとこらえる。三ヵ月前を忘れたか。あの日、衝動に駆られて千津さんを襲って、その後二週間も口を聞いてもらえなかったじゃないか。
僕が千津さんの家に転がりこんだのは、半年前のこと。フリーのライター稼業の僕が、新進気鋭の女性アーティストとして彼女を取材したのが縁だ。転がりこんだのは、他でもない。千津さんは家事一般がいっさいできなかったからだ。
取材が終わってこの家を出るとき、彼女は見送ろうとして僕の目前でばったり倒れた。悪い病気かとも思ったが、何のことはない。医者の見立ては栄養失調だった。無口な千津さんを質問攻めにして無理やり聞いたところによると、三日ほど何も食べていなかったらしい。例によって自称三日だから、想像すると一週間近くではないかと思う。
このひとは放っておくと死んでしまうと、そのとき思った。世話焼きついでにそのまま居ついて、今に至る。そういうわけだ。
男と女の関係になったのは、それから一ヵ月ほど経ってからだ。
ずいぶん時間がかかったんだなって? 僕も二十代後半のまともな男だし、千津さんも二十代半ばの健康な女性だ。ちょっと(いやだいぶ)変わっているけど。
問題は彼女のほうに、それらしき気配がまったくないことだ。未だに僕を『男』と見てるかどうかも疑問だ。ただの雑用係と思ってるんじゃないか。おまけにエッチな事に関する知識は全然なかった。はじめて千津さんをはずみで抱いたとき、それは罪悪感に駆られたものだ。
彼女は僕がはじめてだった。声もあげずにずっと耐えていた。何というかそのう……童女を抱いているような気がしたものだ。
普段の千津さんは、それはそれは近寄りがたく気難しいオーラを発して、男女のことなどもっての他って感じなのだ。よって関係を持ったのは、最初のときと、ついケダモノになって襲ってしまった三ヵ月前。この二回だけ。
別々の部屋とはいえ、ひとつ屋根の下で暮らしていて、よく耐えていると自分でも思う。
静かに、しずかーに息を吐いた。まずい。ますます目が冴えてくる。無意識のうちに、千津さんの小さな肩に僕の手が伸び……。
「ちがう」
肩に手が触れる前に、むっくりと千津さんが起き上がった。
「ここに……寝にきたんじゃない」
「はぁ」
我ながら間抜けで小心だなあと思う。ケダモノ化した息子まで、千津さんの行動に驚いて沈静化している。
「嫌いか」
千津さんが振り向いた。暗い部屋に目が慣れてきた。伏し目がちだが、だいたいの表情はわかる。前衛なんたら云うアートを、その細腕で造りあげている時の彼女とは別人だ。しょんぼりして、打ち捨てられた仔猫みたいだ。はじめて見る顔だった。穴の開くほど見つめてしまう。
「その……わたしのことは……嫌いかと、聞いている」
ぼそぼそっと呟いて、うっかりしてたら聞き逃しそうな声だった。いきなり何をいうんだ、この人は。
「嫌いだったらこの家にいないと思いますが」
「そうか……」
いま、ちょっとだけ笑った? あの千津さんが。いや、まさか。気のせいかもしれない。
「…………なら、いい」
再び目を伏せて、こんどは横になってる僕のほうに向き直った。
「千津さん……な、なにを……?」
「起きるな。そのままで……いろ」
起きるなといわれても、ごく一部分はとっくのとうに起きてるし。じゃなくて。
なんで千津さんは、僕のパジャマと下着をひん剥いているんだ。
「男は、放っておくと……溜まると、聞いた」
「だ、だ、誰に聞いたんですか。うっ……」
刺戟が強すぎる。千津さんがほっそりした指で、元気になってる息子の根元をつかんだ。
「ちがう……読んだ。きょう、美容院で……」
そうだった。千津さんは今日、珍しく外出したのだ。髪を切りに。
俯いて、指先をわっかにして、子供がオモチャでも弄くっているように、なんだかつまんなそうに、それでいてゴシゴシと僕のものを擦って。や、やばい。
「すとーーーっぷ! 千津さん。それは、ダメです」
「やっぱり……きらいか。……わたしでは、ダメなのか……」
千津さんの指のわっかから、僕のものがするりと抜けた。千津さんはさっきよりもっと俯いて、髪の毛に隠れてその顔が見えなくなった。
「そ、そうじゃなくて」
「やり方が、まずいのか……そうか……」
またぼそっと呟いて、僕のものに顔を伏せ……。わーーーっ!
「ぐは……」
ぺろんと先っぽを、舐めた。必死でこらえて射精しなかった僕を、褒めてほしい。話し合う必要があると思った。
「いや、千津さんにそうされるのは、すごく嬉しいですが、そのう……」
とはいえ、まだセックスについての知識も余りない、童女のようなこの人に、どうやって説明したら良いのだろう。
「嬉しくない……わけでは……ないのだな」
「もっ、もちろん」
はっきりいって、滅茶苦茶うれしい。そう正直には言えないが。
千津さんは今まで見せた事がない表情をした。目が上弦の月みたいに細くなって、口元がほんの少し緩んでいる。はじめて見るけど、多分これが千津さんの笑顔なんだろうなあ。
「なんというか……いきなりだったので、びっくりして」
そう云うと、千津さんは、小さくふふふと笑った。笑い声を聞くのもこれがはじめてだった。
くちゅ。
「……なんだか暖かくて……」
ちゅば。
「……悪くないものだな」
「…………く……」
「こう、しみじみと見るのは初めてなのだが。……ときどき暴れるのはどうしてか」
これは夢だ。夢なんだと、思いこもうとした。そうでもしなけりゃ、千津さんが僕のものを咥えこんでいるなんていう、頭がくらくらするような光景を、とても正視できやしない。
最初のとき酔った勢いで抱きしめたら、猫が引っ掻くように抗った。それでも構わずに服を脱がせたら、途端に固まってしまってされるがままだった彼女。破瓜の痛みに少しだけ唇を歪めて、その他は無反応で。
そんな千津さんが、ちょこんとベッドの上で横座りして、僕の股間に顔を伏せている。美容院でみた雑誌の影響だかなんだか知らないが、とてつもない進歩なのではあるまいか。
細くて黒い髪の毛が、下腹や太腿にさわさわと触れてくすぐったい。千津さんがしているのは、フェラチオなんていえるほどの口戯じゃなくて、てっぺんを唇で突ついたり、段差の部分を舌で弄くってみたり。時にはトウモロコシに食いつくように、幹の中央を唇で挟んでみたりしている。
稚拙なのにドキドキする。童女のような千津さんが、楽しそうに僕のモノで遊んでいる。その様子に陶然となってしまう。湧き上がる射精感を堪えるのに必死だった。口でするのを覚えたからといって、ガンシャやらコウナイシャセイやらは脳内にインプットされていないだろう。いきなり出したりしたら、また固まってしまうに違いない。
さっきから気になっていた横座りになった足先に、そろそろと手を伸ばす。足首を掴んだら一瞬ぴくんと反応したが、千津さんはそのまま遊びを続けている。
小さな足、白い足。パジャマの裾から手を入れて、膝の裏を撫でてみる。まぁるい膝小僧も忘れずに。すべすべした感触を楽しんでいる。
千津さんは唇を離すと、ふぅうと息を吐いた。いつもながらの無表情だが、心なしか瞳がとろんとしている。
パジャマから手を引き抜いて、薄い布地の上から太腿を撫で回す。だんだんと足の付け根のほうへと。
ぼんやりと宙を見つめていた瞳が、僕のほうを向いた。
「千津さん。服を、脱いでくれませんか」
何をいってるのか分からないといった風で、小さく首を傾げている。その仕草までが愛らしい。
「このままでは、できないですよ。ほら……こんなに元気になってるのに」
千津さんが遊んでいたモノを顎で指し示すと、やっと納得したようで前のボタンをはずし始めた。小ぶりな胸があらわになる。パジャマの上着を腕から抜くと、次は? というように、こちらを見つめている。頷いて促すと、ベッドから下りてパジャマを足から引き抜いた。
隠すものはショーツ一枚になってしまった、僕の可愛いひと。手持ち無沙汰のように胸元だけ片腕で隠し、ベッドの脇に立っている。顔を背けているのは、千津さんなりに照れたり、羞じらったりしているのだろう。
「僕の上に、またがって」
「こ、こ……こうか」
獣のように四つん這いになる。小さいけれどころんとした乳房が、目の前で揺れる。そうだ。これから僕たちは獣になるんだ。やり直してみよう、始めから。
「千津さん……可愛いです」
唇と、それから耳元にもキスをする。
「くすぐったいぞ」
それにかまわず首筋を唇でなぞって下る。鎖骨の窪みをぺろっと舐めて、固めの乳房を軽くつかんで揉みしだく。もう片方の先を口に含んで転がした。
千津さんの眉間に皺が寄った。猫のように喉を仰け反らせ、それでも声はあげないで、ふーふーと息を吐いた。
脇腹から背中に手を伸ばしてゆっくり撫でる。引き締まったお尻をぷにぷにと摘んだ。その間も時折ふーっと息を吐く音がしている。そうか。彼女はきっと知らないのだろう。
「気持ちよかったら、声を出してもいいんですよ」
教えながら、足の間に指を進める。小さなリボンが一個だけ付いている、飾り気のない白いショーツ。今の千津さんを覆っている最後の砦。息を吐く音が大きくなった。
「う……くっ……」
その真ん中は熱が籠もったように暖かい。手前の三角地帯を手のひらで覆い、優しく揉む。千津さんの体が身じろぎした。布地の上から感じとれる割れ目を、指先で前後になぞる。
「あ……」
「どうしましたか」
「へん、だ……おかしい」
抵抗するように首を振る。くにくにとその場所を揉んで、もっと奥へと指を伸ばした。さっきよりもっと熱く、そしてほんの少し湿っていた。
思い返す。最初のとき。千津さんはほとんど濡れていなかった。ちりりと胸が痛む。
「からだが……熱い…………どうして……」
ショーツの脇から指を入れる。熱い雫がこぼれている。狭い入り口に指をこじ入れると、堰を切ったように溢れてくる。くちくちと水音を立てて入り口を刺戟した後、蜜をたっぷりと塗りつけて、ひそかに息づいている小さな突起をぬるぬると撫でまわす。
「ふぅん……ふー、ふー」
蕾のように縮こまっていたそれが、ぷっくりと膨れてくる。てっぺんを軽くつつくと、千津さんの頭がゆらゆらと揺れた。喘ぎこそなかったが、ふーふーという息遣いは止んで、喉元で呼吸を貯めてるみたいだった。
ぬめりが少なくなったので、もう一度ぬかるみに指を浸しにいく。
「う……」
眉根をよせ口を半開きにして、首をのばし息を詰めている千津さんは、今までみたどんな時より綺麗で色っぽかった。蕾に指を押しつけ覆っていた包皮を剥く。隠れていた小粒の実を指先でそっと転がした。
「あ……熱い……こ、怖い……ヘンだ……何か……」
独り言みたいな低い声。千津さんはびくびくと魚みたいに僕の上で跳ねた。それがすむと、身を伏せて僕の胸に顔を埋めた。
「怖かったですか? イヤな気持ちじゃなかったでしょう?」
「こんなに……我を忘れてしまう……もの、なんだな」
その感想があまりにも千津さんらしくて笑ってしまう。抱きしめたまま、腰に手を伸ばし、ショーツを剥いだ。
「まだ……するのか」
「ダメですか?」
千津さんの手を取って、そそり立つモノに触れさせる。一拍の間があって、彼女は黙って首を小さく振った。
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