冬のナルシス 無理やり死守したクリスマス休暇。日本に帰ったら仕事の山が待っているはずだ。とりあえず今は忘れて、秀行と半年ぶりのゆっくりした時間。 のんびりと散歩の途中、ちょっとここで待っててって言われて、陽だまりの公園で秀行が買い物を済ませるまで時間を潰している。 「待たせたね。寒くなかった?」 「大丈夫だよ。そんなに待ってないし」 手に持っている平べったい包みを覗きこむ。 「なに買ってきたの?」 「ふっふっふ。知りたい? 裕未」 その笑い方、気になるなあ。ぜったい何か企んでるぞ。 「昨日の裕未の乱れっぷりを思い出したら、前に会社の人から勧められてたものを試そうかと。で、買ってきた」 「な、なに言うのよ。こんな人前で!」 「ここ日本じゃないから、大丈夫。問題なし。たとえば、 『昨夜 この娘のアソコはびっしょびしょに濡れてました!』 って叫んでもOK」 ううっ。 観光地でもないし、日本人もほとんどいない。今いるのは人通りも少ない公園だから、会話の内容が伝わることもまずないと思うけど。それにしても……。 「顔が真っ赤」 「あったり前でしょう。誰のせいよっ!」 茹ダコみたいになって、持ってたバッグを振り回す。 逃げる秀行の後を、鬼ごっこのように追いかける。ベンチでひなたぼっこの老夫婦が、私達を驚いた様子で見送っていた。 秀行が住んでいるアパートメントまで、公園を抜けると近道になる。ふたりで息を切らせて部屋に駈けこんだ。 「わかった。僕が悪かったから。裕未、ごめん」 謝るぐらいなら最初から言わなきゃいいのに。 「久しぶりの全力疾走だった。とにかく水っ!」 冷蔵庫からミネラルのボトルを取り出して、秀行が口をつける。喉を鳴らして水を飲む。くっきりと浮き出た喉仏がきれいだなと思って、見とれている。 私の視線に気づいて、微笑みかけてから、 「裕未にも、ほら」 ひとくち含んで、口移しで水をくれた。喉元をすぎるひんやりした涼味。 水を飲み終わっても、まだ続けられるキス。 キッチンに寄りかかって、秀行の大きな背中に手を回す。 冷たい水の後に送りこまれた暖かいもの、秀行の唾液を味わいながら、昨夜この部屋でいっぱい抱かれたことを思い出す。 色んな場所にたくさんキスして、キスされたことも。 『 昨夜 この娘のアソコはびっしょびしょに濡れてました! って…… 』 さっきの言葉を勝手に蘇らせて、頬を赤くしたまま唇を離した。 「ふう……で、なに買ったの?」 「じゃ、じゃーーん!」 嬉しそうに秀行が包みから取り出したそれは、部屋の照明を反射してきらっと光った。 「CD、かな?] 「はずれー」 CDよりひとまわり大きい楕円形の円盤みたいなもの。真ん中より端に大き目の穴があいている。それはCDではなく鏡だった。 「なんに使うの? これ」 「裕未って最近、フェラ好きになってきたよね」 虚をつかれて、金魚みたいに口をパクパク。おまけに私からの質問の答えになってない。 言われた通り、付きあい始めた頃から比べると、本当はずっと好きになっている。 ヘンなものだと思わなくなったし(ごめんね)、口の中でびくびくして勢いづく秀行のものが、可愛くて嬉しくて、つい夢中になってしまう。 だから昨夜も……。 「だよね」 私の心の中を見透かしたように、手の平でぽんぽんと、うつむいた頭を軽く叩く。 「それとこれと、どういう関係があるのよ」 「彼女にしてもらう時に、是非これを使いなさい。きっと彼女も興奮するはずだし、あなたも楽しいはずだってのが、同僚の勧めなんだけど」 いまひとつ使用法がわからず、ふにおちない顔をしている私を、 「とにかく こっちへ」 秀行はリビングに引っ張っていった。 「さてと、お願いしようかな」 私を見つめながら、ズボンと下着を脱いでいく。 思わず目をそらす。見なくても知っていた。さっきキッチンで抱きあった時に、私の体に押しつけられて固くなって自己主張していた秀行のもの。 そのサインをキャッチして、体がむずむずと疼いていた。 「あ……」 「そう、こういう風に使うらしい」 腰を突き出すようにソファに浅く腰掛けて、勃起したものを誇らしげに見せつける。いつもと違うのは、そそり立つ幹の根元に、さっきの小さな鏡が収まっていること。 「おいで」 請われて、吸い寄せられるように、秀行の足の間に膝をついた。 私を喘がせ、快楽の淵に導いてくれる秀行のペニス。鏡の穴を通ってそれが屹立している光景は、とても不思議だった。 「これって……」 「フェラしている所を、自分で見るためのもの。驚いた?」 鏡にうつる私のほの白い顔と、その前にある肉色をして筋を浮き立たせているものが、アンバランスな対比を醸しだす。驚くというより蠱惑的な景色。 「裕未?」 黙りこんでしまった私を気づかって、髪の毛をそっと撫でる。鏡に魅入られたようで、顔が上げられなかった。 先端に軽く口づけする。チュッ。 薄くピンクのグロスを塗った唇が、鏡の中に映る。 ――この唇は、いやらしい。 舌先でくびれの下をくすぐる。 半開きの口から覗いている、赤い舌。 ――えっちなこの舌は、誰のもの? 小首をかしげて、唇を根元まで滑らせる。柔らかくウェーブがかかった髪を、秀行の指がかきあげる。 「すごく色っぽい顔してる……」 びくりと棹を揺らしながら囁く。 鏡に映っているということは、私が見ているのと同じ光景を、秀行も上から見ているはずで。酔っぱらったみたいに、私の瞳は潤んでいる。 横向きに歯で軽く咥えて、舌を伸ばしてゆっくりと舐め上げる。 ――幹に喰らいついて、食べようとしてる……みたい。 「うっ……」 小さな呻き声がする。髪の毛を撫でる手は、ずっと同じペースで止まらない。触れられているだけで、穏やかな気持ちになれる。 左手を竿に添えて、指でしごく。 ――絡んだ指がうねうねして、まるで生き物。 右手は先端の割れ目を指先で開いて、ピンク色の敏感な場所を舌でなぞる。じわじわと湧き出た汁を、唇が啜る。若葉の頃に嗅ぐような青臭いかおり。 「裕未……ああ……」 うれしい。そんなに喜ぶならもっとしてあげる。下腹部がきゅんと痺れて、私の中から何かが溢れだす。 目を瞑って、先端をぱくりと口に咥える。まぶたを開くと、こんなえっちな事をしている自分が、鏡に映って見えてしまう。だから閉じたまま。 髪を撫でる手に、上からぐいと押すような力がこもった。 もっとして欲しいんだね。了解。 奥まで咥えなおそうと唇を開いた瞬間に、鏡の中の自分と目が合った。ついまぶたを開けた。 ううん、違う。本当は好奇心に負けたのだ。今どんな顔して秀行のペニスをしゃぶっているのかなあって、考えてしまったから。 ヘンな顔……とっても。大きなものを頬張ったままの女が、こっちを見てる。バナナを食べてるときに正面から見たら、こんな顔になるんだろうか。 ――いやらしい。卑猥な顔。 もう見ちゃいけない。みたら凄くヘンな気分になる。 足の間で、襞がきゅっきゅっと震えているのがわかる。床についた膝が不自然に動く。頭を撫でられ、秀行のを咥えているだけなのに、こんなのおかしい。 口元から湿った音がした。ぐちゅ……じゅぽっ……。 鏡の中の女は、唇の周りをもぞもぞさせたり、頬をすぼめたりして、ますます不細工な顔になっている。 見なきゃいいのに。でも唇が上下するたび、唾液で濡れて光る幹が、生まれ変わったばかりの植物のようで、目を閉じちゃいけないと妖しく私を誘っている。 「うわ……イっちゃうかもしれない……」 頭上から響く切迫した声。 鏡で隔てられた境界線の下にある、柔らかい袋に触れてみる。せり上がってきて、もうすぐその瞬間だと知らせてくれる。口の中では、暴れ出しそうに大きく膨れている。 「いいの? 出ちゃうよ……ほんとに」 私の頭を、秀行の大きな手が包んで揺らす。 もっと奥まで、もっと早いスピードで。 「んふっ……ん、んんっ……」 リズムに合わせて上下する。ずちゅ……ぐぶっ……。 これでいい? ちょっと苦しいよ。 濡れた襞のすき間から、熱いものが溢れ出していく一方で、鏡の中は壮絶な状態になっていた。髪を揺らし鼻息も荒くなって、それでも白く泡立つ唾液を幹に垂らし、咥え続けている女。 ――変な顔、おかしな顔……このヘンな顔の女は……そう、私。 感じるのが止まらない。下腹部の底が痛くなるほど、何かを求めて襞が収縮を繰り返す。 「ゆみ……うっ……!!」 膨れ上がったものが、口腔で出口を求めて暴発する。熱いものがほとばしって喉を焼く。 「んむっ!!!…………げほっ、くはっ……」 むせて飲みきれなかった粘液が、ぽたぽたとフローリングの床に飛び散った。口に残った精液を、最後にごくんと飲み干しても、私の濡れた場所はまだひくついている。 射精しても硬度を保っているペニス。それを見つめる瞳がもの欲しそう。亀頭から漏れでたひとしずくを、ちゅっと啜る。 「うお……出たあとは敏感だから、だめだって……こら」 「うふっ」 頬にも飛び散っている液体。指先ですくって舌で舐めとった。ぺろり。 秀行のあきれた顔。いつの間にこんなえっちな娘になったんだ? って表情。 「ばかやろ……」 感じすぎて床にへたりこんだ私の唇に、キスが降った。照れくさくて唇を離した後で、煙草の香りがする秀行のシャツに顔をうずめた。 飲み終わった唇は、秀行の味と香りがするはずだ。それを厭わずにキスしてくれるのが嬉しい。喉奥につかえて苦しかった事とか、そんなのが一瞬で溶けて流れて行く。 「ねえ、裕未……チェックしていい?」 「え? ……あ……」 長めのスカートの裾をつまんでめくり上げ、足の間に手が伸びていた。 「すごっ……洪水だ。これは」 「知らないっ!」 「ショーツもストッキングも、ぐちゃぐちゃ。『今日も』この娘のアソコはびっしょびしょに濡れてます!……だね」 小さく首を振るだけで、抵抗できない。ほんのちょっぴり指で割れ目を擦られただけで、達してしまいそうだった。 「やだ……やめて。イッちゃいそうだから……あっ……」 「いいよ。我慢しなくて」 かまわずストッキングの上から、膨らんだ粒を捏ねまわす。 「ちがっ……違うの。……指じゃ、いや……」 「指じゃ、イヤなんだ……聞こえたよ」 はっとして口を掌で押さえた。 「我慢しなくていいって、さっきも言った」 秀行の手がセーターをたくし上げ、ブラごと胸を揉む。体中の神経が、あそこに繋がったように、また襞がびくびくと震えた。 「あんっ……鏡を、ずっと……見てたら、おかしく……秀行のせいだ……からっ」 「素直じゃないなあ」 ホックがはずされ、スカートが床に落ちる。これで大事なところを覆っているのは、濡れて貼りついたショーツと、太腿まで湿っているストッキングだけ。 「指は嫌われたらしいから、あげないことにしよう。で、何が欲しいの?」 その二枚がするすると、膝まで剥ぎ取られていく。秀行の手は濡れた太腿の内側に触れ、尻の丸みを撫でまわす。 フェラしただけで、こんなに濡れてしまったのは初めてだ。 私の言葉を待って、焦らすように縮れ毛をなぶる手に、疼いた腰が揺れ続ける。 秀行が私の手を導いて、再び脈打っているものを握らせる。 「ほら。欲しいのは、これだよね」 ――ほしい! きゅん。それが入って来ることを考えただけで、体の芯に強烈な刺激が走った。寄せてくる波に耐えられずに、黙って頷く。 「どこに、あげたらいい?」 茂みをさまよっている秀行の手を、足の間に連れて行く。 「あっ……あぁ、ここ……ここなのぉ!!!」 雫のしたたる真ん中に、その指を押しつけた。 「よくできました。じゃあ前に手をついて」 褒めるように頭を軽く撫で、私の背中を押す。押しつけた指はその場所に留まって、ぐちゅぐちゅと淫靡な水音をたてた。 ――だ……だめっ。それじゃ埋まらない。塞げないの。 誘うように四つん這いになって、お尻をふる。腰に手が添えられ、入り口に熱く固いものがあてがわれた。 「んはっ……ああぁぁん!!」 待ちかねた場所に、熱いものが一気に通り抜ける刺激。ほとんど前戯もなしに後ろから貫かれて、それでも全身が歓びに震えていた。 私をこんなに狂わせた、たった一枚のあの鏡。魔法の鏡。 「突くたびに、あふれて……今日の裕未、すごい……」 「あっ……い……いい……はぁあっ!」 襞を擦り上げて奥まで突き入れられるたび、押し寄せてくる快感の波。入り口近くまで抜かれる時に、惜しむように襞が絡んでいく。 ソファの傍のスタンドに、秀行の手が伸びた。日没を過ぎ暗くなった部屋の中に、ぽつりと暖かな灯りがともる。 「見て。裕未」 囁いて私の顔を壁のほうに向けた。 「あ……」 日本にいた頃より、一段と殺風景な秀行の部屋。オーディオだけが置かれた無機質な部屋の壁面。スタンドの灯りに照らされて、私達ふたりが一回り大きなシルエットになって映っていた。 「まるで、けもの……みたい……」 四つん這いの獣が、膝立ちになった獣に貫かれている。そして一箇所で繋がっている。 「こうしたら、どうかな?」 秀行の体が覆いかぶさって、私の首を捻じ曲げ、唇を奪う。 「んふっ……」 二匹の獣の影がひとつに重なる。暗い部屋の中、ふたりだけの影絵遊び。 「あたし……イキそう……連れてって、ひでゆき……」 「ああ。僕もだ……いっしょに……」 言葉はもうなかった。喘ぎと啜り泣きと、淫猥な水音だけが響いていた。 膨れ上がったものが、奥の固い場所にぐりぐりと押し当てられる。腰を打ちつける。フェラしていた時の快感とはまた違う、交じり合う喜びが満ちる。 「…………んああっ!!」 獣たちが咆哮して果てた。 達したあとの気だるい余韻。ふたりとも下半身だけ裸で、なんかこんな格好おかしいよねえって言いながら、ソファに自堕落に寝そべっている。 そろそろ夕食をとりに、外に出ようか。ここに来てから、クリスマスらしい雰囲気を味わっていないもの。 サイドテーブルの上に、さっきの鏡が置かれていた。点々と飛び散っているのは、私の唾液? それとも口から零してしまった秀行の……。 手に取って、さっきから頭の中に引っかかっていた疑問を口にする。 「ねえ、この鏡を勧めてくれた人。会社の同僚って男のひと? それとも女のひと?」 「あ、もしかして妬いてる?」 にやっと笑って秀行がこっちを見る。 「だって、気になるじゃない。Hな話までしている同僚が、どんなひとなのか」 「うーん、男性。彼はホモセクシュアルなんだ。 これを使って恋人を楽しませてあげるのが、好きなんだって。安心した?」 な、なるほど……。 「ちなみに、僕は彼にやってもらってないよ。念のため」 その答えに笑いながら、鏡を見つめる。 ――鏡よ、鏡。魔法の鏡。世界で一番えっちなのは、だあれ? 「彼には、彼女とウェディングベルを鳴らすときは、教えてくれって言われてる。必ずお祝いするからって」 言いながら私の頬を指でちょんと突く。 それはいつになるんだろう。秀行とずっと一緒にいられる日々。 「晩御飯、どうする?」 「ん? まだいらない」 明日の今ごろ、私は空港にいるはずだ。秀行と離れて。寂しさに襲われて、秀行の胸に顔を埋める。 「どうした?」 「ううん、なんでもない……なんでもないったら」 呟いて唇を重ねる。見つめあう視線が溶けあった。 今だけ一緒に、終わりのない夜を。 オマケのあとがき; 今回この作品を書くための 妄想を刺戟してくれた一枚の写真 注意! みたいヒトだけ… (そんなにアブナイ写真じゃありませんが) photo Back ―― fin. |