Tears ――4



 こういう時に、どう振舞うのかなんて、どんな参考書を開いても載ってない。
 エロく絡ませてた足は下ろして、何事も無かったようにキャミも速攻で元通り。丸くて綺麗なオッパイが拝めなくなっちまった。惜しい。
 唇だけ「あ」って形をした恩田のびっくりした顔。ピアス野郎は、こっち見るんじゃねぇよと、今にも凄みそうだ。でも濡れた指先を、ズボンで拭いてたりする。
 のろのろと屈んで、落としたDVDを拾い上げても、まだ俺の頭は空っぽで。見つかっちゃった時点で少しは萎えたけど、チンコ半勃ちのまま。
 どうする? どうしよう。
 今さら知らん顔もできないので、拾ったDVDを軽く振って「よぅ」って委員長に声をかけた。たまたま通りがかった知り合いって風に……見える、か? わざとらしいけど、しょうがない。
 そのまんま通りすぎたらいいんだ。誰がどう見たって、俺はジャマだし。あまり二人の方を見ないようにして、スタスタっとね。
 「ガッコのダチかよ」なんて、男の嘲ったような声がして、ムッとしたけど聞こえないフリ。視界の片隅で、委員長の目がキラッと光ったように思った。なんで……だ?
「良かったぁ! 電話したけど捕まんないし」
 あ……え……えぇ?!
 駆け寄ってきた委員長に、いきなり腕を掴まれていた。それだけならいいんだが、柔らかーい胸がポヨンって、肘に当たるんですが。電話って何だ。っつか、恩田とは教室内でもあまり話した事ないのに、何故に親しげなのだろう。こっちを見ている男の眼つきも、めちゃめちゃ不穏。
「桂木ってば、携帯、家に置いてきたでしょ。ずっと留守電だったから、困っちゃって」
 いや、委員長に携番教えた覚えは無いぞ。
 口を開こうとしたら、一段と強い力で腕がギューッと握り締められた。痛さ以上に、委員長の瞳は真剣そのもので、喉まで出かかった言葉を慌てて引っこめた。
 俺の気のせいでなければ、恩田の眼差しはこう言っていたから。
「オ・ネ・ガ・イ。ハナシ合わせて」
「あ……あぁ、うん。うちに忘れてきちゃってさぁ。わりぃ」
 よくわからんが相槌打ってみた。委員長の顔がパーッと明るくなったから、どうやらこれでイイらしい。
 が、押し付けられたポヨンとした胸の柔らかさと、ギリッと睨みつける男の視線との間で、身の置きどころがない。ドキハラ。
「彼ね、同じクラスの桂木くん。今日これから約束してたんだ」
 ちょ、待て、おま。
「だから駅には行けないよ。コウ、ごめんね」
 ん? 俺もしかして、いい様に使われてる?
「ざけんなよ。今さら何言ってんだよ」
 険悪な表情の男からは、怒りのオーラが沸々と……。怖い、怖すぎる。
「だってー。勝手に予定入れちゃうコウが悪いんじゃん」
 それを平気な顔して受け流す委員長は、もっと凄いのかもしれない。足元の草むらからバッグを拾い上げると、再び俺の腕を取ったのだ。
「さ、行こ。桂木くん」
 ど、どこに行くんですかー?
 怖いけど無視できないので、ピアス野郎にも軽く会釈。オタオタしながら委員長に引きずられて行く。
「おい。待てよ」
 男の低い声がした。喧嘩はキライです。暴力反対。でも一発ぐらい殴られる予感は……ある。
「ほらよ。忘れモンだ」
 拳こそ飛んで来なかったが、水色のカタマリが目の前に差し出された。俺の手のひらに乗った、レースで縁取られた小さな布切れ。これは……。
 俺が頭で理解するより先に、委員長はソレを――自分で脱いだブラとパンツを――取り上げてバッグにしまいこんだ。恩田はとっさに顔を背けたけど、怒ったような赤い顔をしていた。
「妙、わかってるだろうな? この埋め合わせは、してもらうからな」
 男の捨てゼリフに、委員長は反応しなかった。俺の腕にしがみついたまま、強張った表情で歩みを進めていく。どこへ行くんだかわからないけど、一歩ずつ。
 廃工場の脇を抜けて、淀んだ川を臨める土手まで来たとき、俺は後ろを振り返った。男の姿は、どこにも無かった。
「奴さ、行っちゃったみたいだね」
 黙りこくった委員長に話しかけると、彼女はフーッと息を吐いた。
 土手から見える西の空はだいぶ赤らみ、枝を広げた樹々が黒いシルエットになっている。その時になって初めて、恩田が小さく震えているのに気づいた。あの委員長が震えるなんて、そんなまさか。
 もちろんそれは、逢魔ヶ刻が見せた一瞬の幻だったのかもしれないけれど。





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