囮捜査

――3



 背後からの手が、張りのある白い太腿を滑っていく。指先はためらうことなくショーツに包まれた尻に辿りつき、撫でさすった。
 美和子の肩が震える。わずかに上げた呻き声すら、傍らの男が新聞を折り畳む紙音に、かき消されてしまう。女装男は柔らかなスカート越しに、屹立した凶器を美和子の束ねた両手に擦り付ける。
 こんな現実は予想していなかった。半開きの唇から涎を零しながら、美和子は絶望的な気持ちになった。このままではいけないと、刑事としての本能が囁き続ける。通勤電車の一角で猿轡状のものを噛まされ、痴漢に思うがまま体をまさぐられるなど、尋常ではない。打開する方策は無いのか。
 美和子は、手摺に寄りかかり緩んだ顔つきで居眠りしている男を、じっと見つめた。高木を呼ぶ方法がないのなら、誰かに助けを求めなければならない。電車の揺れを利用して、美和子は肩先を男に軽く打ちつけた。起きて気づいて欲しい、助けて欲しいと願って。
 右隣に立っていた男は、眠たげにうっすらと目を開けた。眼前で縋るように男を見つめているのは、透明な板で口を塞がれた異様な風体の女だ。男はパチパチとまばたきして美和子を眺め、それからニヤリと笑った。うなじに、ひやりとした空調の風を感じ、美和子の頬が蒼ざめていく。
 男はぶしつけな視線を美和子の体に走らせると、胸元を強調しているキャミソールの縁に指をかけた。ためらいなく押し下げ、上品なレース遣いのブラをさらけ出す。細身な体つきに似合わず、むっちりした量感ある胸が、ブラを内側から押し上げている。肉感的な眺めだった。
 反対側に立つ初老の男と意味ありげな目くばせを交わし、頷きあう。ストラップレスブラの上端に手を掛けると、弾けそうな果実を一気に剥く。美和子があげたつもりの悲鳴は、空気の漏れる音にしかならなかった。代わりに唇から溢れた唾液が、下顎から鎖骨の窪みに糸を引いて垂れた。
 剥かれた勢いで、まろび出た乳房は、ふるふると揺れる。外気と男達の視線に晒されて、くすんだ鴇色の乳首が、見る間にツンと立っていく。後ろ手に拘束され胸だけを露出させた不自然な姿勢は、突き出た柔肌の丸みを強調していた。滑らかな肌は、通勤電車という函に不似合いな艶やかさを放っている。
 予想を上回る獲物の美しさに「ほう」と小さく呟きそうになるのを、男は呑みこんだ。
 すぐに触れるでもなく、一方的に鑑賞される屈辱。赤いボールギャグを歯が軋むほど噛みしめて、美和子は男達の卑猥な視線を受け止めていた。
 皆グルなのだ。彼らは「囲み痴漢」と呼ばれる集団なのだろうと察して、美和子は暗澹となった。嬲られ犯されるのと、高木がこの非道な行為に気づくのと、どちらが先だろうか。

 美和子を取り巻く人の輪は小さくなり、大事な獲物を包み込むように彼女の姿を隠した。高木が目をこらしても、大男の体躯に阻まれ美和子の姿は見えない。高木刑事の胸のうちに、イヤな予感が走った。焦れるような時間だけが過ぎていく。
 電車は緩いカーブにさしかかった。身動きのとれない車内で、エアコンの風が蒸れた空気を掻き回している。男達は誰に命じられるでもなく、一斉に美和子の体をまさぐり始めた。統制のとれた手馴れた仕草だった。
 女装男は美和子の肩を後ろから抱きしめて、嬉々とした様子で腰を振った。束ねられた両手に、むき出しの肉茎を擦り付ける。男の持ち物は容姿に似合わぬ、グロテスクな長槍である。脈打つ熱さと硬さを掌に感じて、美和子は身震いした。
 傍らの男は、先ほど自らが露わにした胸元に、狙いを定めた。毛深く無骨な手で乳房を掬いあげ、揉みほぐす。掌を押し返す肉の弾力を楽しみながら、固くなった乳首を太い指先で捻る。痛みを感じたのか、美和子の体がビクリと反応した。
 悔しさのあまり、美和子は男をにらみ返す。だがすぐに、その表情には怯えの色が走った。スカートの中で手が蠢き、ショーツが引きずり下ろされるのに気づいたからだ。身をよじって逃れようとするが、ままならない。その隙に初老の男は、手早く薄布を剥いだ。
 スカートはめくられ、ショーツは膝上で頼りなく丸まっている。下腹部を覆う薄墨色の茂みが、男達の視線に晒されていた。鍛えられた太腿から引き締まった尻への、まろやかなカーブも、彼らの嗜虐欲をそそる。初老男の少しひんやりとした掌が、尻肉を掴んだ。そして無造作に割る。薄茶色をした尻のすぼまりまでもが晒される羞恥に、このまま犯されるのかもしれないと、美和子は慄いた。
 果たして、尻の谷間に強張った肉幹が触れる。滑らかな女の肌を愉しむかのように、それはビクビクと脈打った。美和子の唇からは、悲鳴の代わりに唾液がしたたる。逃げようとあがいて、彼女は前のめりになった。額に何かが突き当たり、はっとして顔を上げる。
 いつの間に、振り向いたのだろう。先ほどまで扉の前で背を向けていた若い男は、薄笑いを浮かべて女のあられもない姿を眺めていた。目の前に仔ネズミを置かれた猫なら、こんな表情をするかもしれない。男の眼は面白そうに細められ、獲物をいたぶろうとする余裕を見せていた。
 背後の女装男、両脇の男たち、そしてこの男で四人目。
 刑事としての美和子の脳裏には、情報が冷静にインプットされていく。だが状況は悪化するばかりだ。彼女のこめかみに脂汗が浮いた。





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