見知らぬ誰か
――3
「もう、やめましょうよ」
やっと出た声はしゃがれていた。体力差では圧倒的に不利だけど、落ち着いて話さないと。
「私、誰にも言いませんから。ここで終わりにして仕事に戻りましょう」
「ふーん。素直になればいいのに」
林田の手が素早くスカートの中に伸びた。
「なっ……やっ!」
全身が何かに打たれたみたいに、ビクリと震えた。スカートに忍び込んだ指先は、ストッキングの上から的確に花芽をとらえている。
「あふっ……やめ……」
くにくにと捏ね回す動きに耐え切れず、言葉が途切れた。そ知らぬ顔で、林田は執拗に縦筋をなぞる。絶え間なく刺激を受け続けている花芽は、ショーツの中で硬く膨らんでいく。じりじりと痺れ、やるせなさが増す。
感じたくない。こんなので、感じるなんてイヤ。
少しずつ膨れ上がっていく感覚を振り払うように、私は思わず叫んでいた。
「あんた、なんか……だいっ……きらいよっ!」
林田の手がスッと離れた。
「嫌いで結構」
呟いた声音はとても静かだった。私は林田のプライドを、傷つけてしまったかもしれない。端正な顔は能面のように固く強張り、瞳は暗く沈んでいる。部屋の空気まで冷えたように感じるのは、気のせいだろうか。
「好かれるつもりなら……」
涙で汚れた頬に、林田の指先がそっと触れ、離れていく。
「こんな事はしないね」
二の腕を掴まれる。引っ張られた力で、体がぐらりと揺れた。
「きゃ……」
背中を軽く小突かれると、足がもつれた。目の前に応接セットのソファが近づき、つんのめるように頭から突っ込んでいく。私は林田を怒らせたのだ。ソファのクッションで肩をバウンドさせながら、それだけは確実だと思った。
手首をネクタイで縛られた、不自由な体をくの字に曲げ、私は無様に喘いでいた。これから自分の身に起こりうる事は、容易に想像がついた。それでも肘掛けに乗ってしまった両足をバタつかせ、顔を押し付けているソファの、革の匂いを嗅ぐしかない。
林田の手が、レースで縁取られたブラを押し上げる。
「暴れても無駄だって。……想像通りだ。オッパイでかいね、児嶋さん」
さらけ出された胸が、反動でふるんと揺れた。
「いや……だ、誰か、たすけ……て……」
剥き出しにされた胸の膨らみに、吐息がかかった。
刷毛で撫でられるほど微かに、林田の唇が先端を撫でる。胸の尖りを二・三度往復すると、むず痒いような疼きが生まれた。気づくと、唇の動きを目で追っていた。薄い唇から覗いた舌が、いやらしく赤い。
伸ばされた舌が触れる。しこった乳首を突付く。頭のどこかが痺れていた。唾液で濡れた舌が、ずるりと乳首掬い上げて、私は僅かに声を漏らした。
「は……ぁ……」
背がのけぞり、林田と目が合った。ギラつく瞳で見つめている。私が思わず喘いだのを見て、薄く笑っていた。
「感度いいじゃん。そうそう、楽しまないとね」
林田はずっと、私の反応を窺っていたのだ。羞恥と悔しさで、顔が熱くなった。耳まで赤くなっているに違いない。
それでも左右の膨らみを交互に、指と舌で弄られると、じわじわと快感の波が襲ってくる。体を拘束し好きなように嬲っている林田に、言い様の無い怒りが湧く。が、ともすればそれも忘れそうになる。
微かな空調の音。それに重なるように乳首を吸う音がした。
流されてはオシマイだ。頭の中で、そう呟く声がある。いっそ早く犯されて、この時間が終わってしまえばいい。そんな風にも思う。
「んくっ!」
林田の指がリズミカルに、乳首を捻り上げる。唾液にまみれ、てらてら光る胸元を見ながら、時折肩を震わせ必死で昂ぶりに耐えていた。
「ちっ。つまんねぇの。もっと声出せよ」
飽き飽きしたように唇を離すと、林田は起き上がって足首を掴んだ。片足を高く掲げられると、引っ張られるように上半身が少しだけ上向く。普段は閉じられている場所に空気が流れこんで、股間がひんやりとする。スカートの中と私の表情を、交互に見つめる林田の視線が痛い。
「ストッキングの替えぐらい、持ってるよな」
薄い股間の布地が破られる鈍い音が、宣告のように胸に響く。
薄いショーツの上から、固くなった芽をへし折るように捏ねられ、暖かい液体が新たに染み出したのが分かる。その様も見つめられているのかと思うと、絶望的な気持ちになった。
林田の指が滑り、湿った布地をなぞる。
「すげぇ。ぐっしょり濡れて張りついてら」
言いながら、染みの中心に指を捻じ込む。浅く入り口を犯されている感覚が、生々しい。
「皆が真面目に会議してるそばで、平気で感じるんだ。す・け・べ」
「ひぃっ」
揶揄されている。言葉で煽られていると分かっていても、どうしようもなく恥ずかしかった。
この部屋に来てから、何分経っただろう。扉を開け廊下を右手に進めば、黙々と仕事をしている同僚がいる。反対側へ進めば大会議室がある。紙コップを手にして頷く所長の顔や、発言する所員の顔が思い浮かんだ。
その中にはもちろん、和樹さんもいて。
「た……すけ……て……」
胸のどこかがズキズキと痛い。恋人がこんなに近くにいるのに、私は林田に思うがままにされている。
瞼のうちに暖かいものが盛り上がり、視界がぼやけた。もうこれ以上、何も見なくていいのかもしれない。これから始まる事は、多分ひとつしかないから。
ショーツが片寄せられる気配がして、固く目を閉じる。
すぐにでも犯されると思っていた。だが予想に反して、壁掛け時計の時を刻む音が聞こえるほど、部屋の中は静かだった。訝しく感じているうちに、拡げられた両足の間で空気が動いた。
秘裂に感じる、生暖かい風。息のかかる至近距離で、濡れた女の場所を視姦されているのだ。屈辱で体が震えた。
「ヒクヒク動いてる。イヤラシイなぁ」
股間から顔を上げずに、林田が呟く。その息遣いさえ、今の私には刺激になっている。
「やめて! 見ないでぇ!」
隠せないと分かっていても、視線から逃れたくて身をよじった。ささやかな抵抗をあざ笑うように、林田は手早くストッキングとショーツを剥ぎ取っていく。足先から丸まった布地が抜き取られ、お気に入りのパンプスが床に転がる。コトンと硬質な音がした。
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