見知らぬ誰か

――4



 自分の両足の間から、会議室の無味乾燥な天井を眺めるのは、なんとも滑稽に思える。犯されようとしている場面でなければ、声をあげて笑ってしまいそうだ。
 林田は私の足を、膝が胸につくほど押さえ付けていた。まるで今の姿は、ひっくりかえった蛙みたいで。
「物欲しそうにパックリ口あけて……イイ眺めだよ、児嶋さん」
 濡れた襞の周囲を指先でなぞりながら、林田は言葉で嬲る。快感を高める部位に触れないのは、ひたすらに私を焦らすために違いない。
 熱いものが溢れて、つうっとお尻まで伝わっていった。
 私は蛙。恥ずかしい部分を丸出しにして、あまつさえ涎まで垂らしている、いやらしい蛙だ。
 頭の芯がジンと痺れた。体のどこかから、得体の知れない液体が湧き出て、隅々まで浸されていくように思った。何かが麻痺している。だが、そうでないと、心が壊れてしまいそうだ。
「彼氏にもこんなエロいカッコ見せてんの? 松元、だっけ。営業企画の松元和樹」
「やっ……いやぁぁ……」
 今ここで、その名前を、言わないで。
 羞恥の色に染まりながら、林田の指先で肉襞をなぞられながら、私は愕然とした。
 和樹さんと付き合っているのは、社内の誰にも言っていないのに。
「なんで俺が知ってるのか、不思議でたまらないって顔だね」
 開かれた両足の向こうから、林田の声が聞こえた。
「経理の堀田さん、知ってるだろ?」
 綺麗と言うよりは取り澄ました冷ややかさを湛えた、ひとりの女性の姿が脳裡に浮かんだ。
「あの人は、社内恋愛のほとんどを把握しているよ。不倫ネタも含めて、ね」
 私に語りかける間にも、林田の指先は動き続けている。
「三回目のデートで、君達の事を教えてくれたよ」
 その指が膨らんだ突起に触れ、つるんと包皮を剥いた。
「ひっ……!」
 林田の頭が、ウェーブがかかった褐色の髪が、私の股間に沈んでいく。
 剥きあげられた敏感な部分に、舌が触れた。
「ひゃう……ん、いやぁぁ……」
 ちゅくちゅくと唇でついばむ音が、室内に満ちていた。
 破裂しそうに膨らんだ芽は、舌先で玉のように転がされ、時に強く吸われる。
 歯を食いしばっても、声にならない呻きが唇から漏れた。心の鎧を溶かす液体が、林田の舌の動きにつれ、くまなく広がっていく。
 びくびくと体を震わせながら、私はふと、堀田さんの毅然とした横顔を思った。上司から、同僚から、お局様と恐れられている彼女も、林田の性戯に狂わされたのかもしれない。今の、私のように。
「そろそろ、こっちも可愛がってあげないとな」
「くぅ……やめ……て。もう、やめて」
 突起への責めが止んでも、息つく暇なく、指先が濡れた襞をなぞる。
 とろんと溢れる、蜜の熱さを感じた。餌を前にして、おあずけをしている犬のように、熟れきった女の場所が涎を垂らしている。
 こんな状況で、なぜ感じるんだろう。心は冷えているのに、身体ばかりが熱くなる。
 触れられれば濡れて反応するのが、女であることが、疎ましい。
 迎え入れるかのように、するりと、林田の指先が、蜜を垂らし火照った場所に沈んでいく。
「熱っ……すげぇ、中がトロトロだ」
「あぁぁ……」
 男性にしては少し細めの指が、中のカタチを探りながら、ゆっくりと潜る。体の深い部分で食い締めながら、和樹さんの骨ばった指とは違う、滑らかな感触に気づく。
 和樹さんが指で私の中をまさぐると、時々痛みを感じて顔をしかめていた。ふと、そんな事を思い出し、首を振って追い払った。比較してしまうのは、恋人を裏切っているようで、ひどく後ろめたい。
 潜った指先が、とても深いところまで届いている。喉元に刃物が当てられているような、息苦しさを感じて、私は小さく息を吐いた。
 頃合いを見計らったように、入り口近くまで指が引かれ、咥えている場所が小さく震えた。
 私を嬲るのに飽きたのか、それとも違うモノで犯されるのか。わからなくて不安なまま、林田の表情を探った。ネクタイで縛られた両手首は、痺れを感じるほどになっている。
「そろそろ仕上げをしないとな」
 どんより濁った笑いというのがあるとしたら、今の林田の笑みはそれだ。
 挿し入れられた指が、また動き始める。林田の指は二本に増えて、私の中を、音が立つほどに掻き混ぜた。
「い……や……」
 感じる声など出すまい。そう心に決めているのに、じわじわと波が打ち寄せて、私をさらっていきそうになるのだ。林田の指先は、少しずつだが的確に弱い部分を探り、追い詰めてくる。
「どんなに我慢しても無駄だ。ここが、弱いね。指に絡みついてくるから、すぐ分かる」
 内襞をざらりと撫で、こする動き。耳を塞ぎたくなるような、粘つく音がした。
 こんなの、イヤだ。こんな奴に、こんな場所でイかされるなんて。なのに。
 信じられないほどの量の液体が、自分の体から流れ出していく。太腿は強張り、腰は小刻みに動き始める。
 胸元に手が伸び、つんと尖った乳首を嬲る。頭がじぃんと痺れてくる。私は今、泣いているのだろうか。そのせいで、林田の顔もぼやけて見えるのか。
「児嶋さんのこんなイヤらしい姿、松元にも、会議してる連中にも見せたいね。皆きっと勃つよ」
 会議室の壁が透明になった。私の頭の中で、だけ。
「やぁーーっ!!」
 驚きで見開かれた眼、体を舐めるようなイヤらしい目付き。上司や同僚たちの表情を想像して、背筋がゾクゾクした。ここは職場なのだ。体が内側から熱く火照っていく。
 そして、大好きなあの人が、呆然と立ち尽くしている。
 ごめん。和樹さん、ごめん。
 凍りついたような黒いシルエット。一度思い浮かべてしまった幻が、心の中から消えなかった。林田への怒りよりも先に、哀しさが湧いて、震えが止まらない。
 掲げられた両足や肌蹴られた胸は、冷え切って粟立つほどなのに、林田に触れられた部分で何かが膨れ上がっていた。指先で弄られた乳首が、まさぐられて水音を立てる熱い場所が、私を高みに押し上げる。
 甲高いすすり泣きが聞こえる。とても近くから、自分の唇から出ていた。
「ぃやぁ……嫌なの……ゆるし……て……」
「許さないね」
 柔らかいものが、敏感な芽に触れた。体がびくんと跳ねる。林田の唇だった。
「だめぇ……そんな……したら、イッちゃ……!」
「君にはなんの恨みもないけど」
 視界の隅で、また、あの赤い舌が伸びた。
 いま舐められたら、私はきっと我慢ができなくなる。そのまま昇りつめてしまうに違いない。その場所は、膨れ上がり硬くなって、爆ぜそうになっているから。
「奴には同じ思いをさせたくてね」
 恨みって何? 奴って……?
 隅っこに残っていた、わずかな理性が、林田の言葉を転がし始める。
 花芽にそっと舌が触れた。表面を撫でるくらいの、ほんのひとなぞり。だが、今の私にとっては、張り詰めた弦を弾かれたような効果があった。
「んっ!!」
 中を掻き回していた指が、内側からも私をまさぐる。じわりじわりと私を追い詰める。
「ねぇ、児嶋さん。本当に松元が、好き?」
 どういう問いかけなのだろう。好きだと言ったら、やめてくれるのだろうか。
 私は戸惑っている。この部屋で、林田に手首を掴まれてから、ずっと。
「好……きよ。決まってるじゃ……」
 しまいまで言えずに、また喘いだ。乳房を玩んでいた林田の指が、ぎゅうっと先端を捻りあげたから。
「そう」
 淡々とした声だった。喜ばしくもなく、残念そうでもなく。林田の声には体温を感じられない。
 ぶるっと震えが走った。鼓動が早まる。股間から響く、粘ついた音が耳を満たす。少しでも気を緩めたら、すぐに高みに達してしまいそうで、奥歯を噛み締める。
「どんなに我慢しても、無理だって。いい加減あきらめなよ」
 口を開いたら甘い叫びが漏れてしまいそうで、私はただひたすらに首を振った。
 イっちゃダメなの。助けて……誰か……。
「ほら、目ぇ開けて」
 頬に掌が触れた。意外なほど近くに、林田の顔があるのに驚いて、とっさに眼をそらしてしまった。
 中を掻き回す指は、感じる部分を執拗に責め続け、花芽は濡れた指先で撫でられ、押し潰される。
 膨れる。膨れ上がる。奔流に押し流されていく。
 目を開けてなどいられない。頭の芯で、白い光が明滅し始めているのに。
「閉じるな」
 二本の指先が、無理やりに瞼を押し開く。視界に入るのは、埋め込まれた天井の照明、胸元を這う林田の赤い舌、そして。
「誰にイかされるのか、ちゃんと見るんだ」
 体がおこりのように細かく震える。薄く笑ったような口元から白い歯が覗き、乳首を軽く噛んだ。
「……ひっ……いやぁぁぁ!」
 股間をまさぐる指の動きが、激しくなる。熱い液体が溢れ出す。耳に届く粘つく音は、水っぽい音に変わっていた。小刻みに捏ねられる花芽の振動が、体の震えとシンクロする。


 新たな涙が盛り上がって、林田の顔も霞んだ。
 最後に何と叫んだか、自分でもわからない。恋人のものではない指先を締め付けながら、ただ泣いた。
 心の中にあった、和樹さんの黒いシルエットが、遠くへ行ってしまったから。


To be continued.



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