見知らぬ誰か



――― 1 ―――




『うっ……ダメだ、結子。そんなに激しいのは……』
 喘いでる和樹さんの声は、とってもステキ。聞いてると胸が切なくなって、喜んでもらえるなら何だってしてあげようって気持ちになれる。
 なのにいきなり、根元まで頬張っていた和樹さんのモノを、私の唇から引き抜いた。ちゅぽんと、ヘンテコな音がした。
『どうし、て?』
 ベッドに腰掛けた和樹さんは、私を見下ろすと、
『だーめ。このまま続けられたら、イキそうになっちゃうよ』
 苦笑いしながら頭を撫でてくれた。
 イっちゃっていいのに。口の中で熱い塊が弾けたら、とっても幸せなのに。
『せっかく久しぶりにゆっくりできるのに。結子の中を感じないって手はないだろ?』
 頬にかかった髪を梳くように掻きあげると、私の耳を舌先で舐めた。
 それはこれからお前の中を、コレで蹂躙するぞって言われてるのと同じで、火が点いたみたいに頬が熱くなる。足の間には、じわっと溢れる感触。何かを期待してるような自分が、とってもいやらしい。
 耳元でまた何か囁かれて。
 あれ? でも、この声……和樹さんじゃない?



「…………嶋さん? あの、よく寝てるとこ、悪いんだけど。児嶋さん?」
「ふぁ?」
 自分が出した間抜けな声にびっくりして、目が覚めた。
 目の前の、変わり映えしない課長のデスクに、本人は不在。その後ろにある壁掛け時計は、十二時四十分を指していた。まだ昼休み……そっか、夢か。
 夢に出てきた和樹さんは今私が付き合っている相手で、もう半年近くになる。社内恋愛だけど、このところお互い忙しくてデートもままならない。欲求不満気味なのかな。あんな事、いつもしたことないのに。エッチな夢を頭から追い出すべく、首を振った。
「目が、覚めたかな?」
「失礼しました。なんでしょう?」
 なるべく取り澄ました表情になるように努力しながら、声のする方を振り向いた。
「午後一の会議資料だけどさ。これ、まだ追加があったんだ。ごめん」
 溜息が出そうになるのを、必死で我慢した。でも呆れ顔にはなってるに違いない。
「わかりました。急いで揃えます。追加資料はどこから?」
「や、その……僕の机に残ってたんだ。どうしてかなぁ?」
 憮然としてるのを隠す気もなくなって、微笑んでいる林田の顔をつくづくと見つめた。
 優男風の、すっきりした顔立ち。軽く緩められた喉元のタイは、だらしなく見えないギリギリのところ。濃いグレーのスーツはとても似合ってるし、この顔で微笑まれたら、どんな女の子もイチコロだろう。
 ううん、この外面の良さに騙されちゃいけない。林田は調子がよくて上司に媚びるのも巧いけど、仕事はいつだって人任せだ。生真面目な和樹さんとは、ある意味対極なのかも。そもそも始めから、コイツとペアで仕事を組むのは気に入らなかったんだ。抗議の意味もこめて、無言で課長の椅子を睨みつけると、立ち上がった。気が進まない作業は早く終わらせるに限る。


「あの……資料はやっておきますから、どうぞおかまいなく」
 無愛想に聞こえないように努力しながら、呟いた。コピー機の脇に、ぼーっと突っ立ってられても困るのだ。苦手な相手と顔を突き合わせているのも、気詰まりだった。
「児嶋さんてさ、最近いちだんと綺麗になったよね。誰か付き合ってる人、いるの?」
 ほんの一瞬だが、ずるっと体中を舐めるように、林田は私を見た。嫌っているのは仕事の面だけじゃ無いかもしれない。コイツのこういう視線が特にイヤなのだ。
 新人の女の子に端から手を出しているとか、経理のお局様に可愛がられているとか、女に手が早いという噂には事欠かない。ケダモノのような視線は、私の心に警戒警報を鳴らす。
「いないですよ。そんなの」
 サラッと笑いながら躱した。秘密主義でもないし社内恋愛がご法度でもないけど、会社内では隠しておく方がやりやすい。和樹さんとの間で決めた事だった。ましてや林田に、私のプライベートを語る必要もない。
「ふーん、もったいないね」
 意味ありげにこちらを一瞥すると、書類を取り出した。
「あ。一緒に配りますから」
「じゃあ半分よろしく」
 まだ暖かい紙束を私の掌に置くと、先に立って会議室に向かう。すれ違いざま、
「コロン変えたの? いい香りだね。似合ってる」
 小さく囁いた。
 吐息のような声は、どこかゾクゾクする甘美な刺激だった。あれだけ噂を立てられながら、次から次へと女の子が引っかかってしまう理由が、ほんの少し分かった気がする。
 いけない、いけない。だから危険なんだ、コイツは。その手に乗っては駄目。
 林田の数歩後ろを歩きながら、今は無性に和樹さんに会いたいなと思った。今日の会議には出席すると聞いていた。セクションが違うと、仕事中に会うこともままならない。偶然に見かけたりしたらいいのにと、つい視線だけで廊下を探していた。


「これで準備は完了ですね」
 結局、和樹さんは遅れて来るらしく見つからなかったけれど、午後は少しのんびりできそうだ。
「しまった……プロジェクター、準備しろって言われてたんだ」
 マジですか。聞いてません、そんなの。
 しゃらっと今頃になって思い出す、コイツの神経が理解できない。抗議したり溜息をつく暇も、もう無かった。ざわざわと人の群れが会議室に吸いこまれていく。
「早くしないと、林田さん。会議の始まる時間が……」
 終いまで言わずに、第三応接室と書かれている扉を押した。その類の機器は、この部屋に置かれているはずだった。
「おっかしいなぁ。どこにしまっちゃったかな」
 十帖程度の小部屋。中央に応接セットが置かれ、片側の壁面には収納庫が並ぶ。林田はゆっくりした動作で端から調べている。とぼけたような物言いが、私を更に苛立たせた。倍のスピードで、反対側から扉を開ける。
 あった! これだ。
「ストーップ、もういいんだ。それは要らない」
「え?」
 意外なほど近くから林田の声がして、手首をぎゅっと掴まれた。すらりとした体のどこに、こんな力が潜んでいるのかと思うような握力だった。
「……っ、痛い!」
「鈍いなぁ。小さな部屋でふたりきりになった時点で、変だと思わないかな。フツー」
 首を捻り、振り返って見た林田は、顔だけ笑って目が笑っていなかった。
「耳、弱いんだよね。さっきビクッとしてたもの」
 生暖かく湿った舌が、ちろっと耳たぶを舐めた。
「ひっ! なっ……なんで、離して!」
 イヤだ……どうして、こんな事されなきゃならないの?
「おっと。いくら騒いでも、外には聞こえないよ。たっぷり金かけた防音仕様だからさ」
 林田は拳でコツコツと仕切り壁を叩いてみせた。何かの間違いじゃないかとか、さっきの夢の続きかしらとか、頭がグルグルしてうまく働かなかった。強張ったまま体が動かない。
「そういう訳で、感じたらいくらでも声出して大丈夫」
 感じたらって……コイツ、気でも違っちゃったんじゃないだろうか。
「自分が何されようとしてるか、まだわからない?」
 掴まれた両手首を頭上に掲げられて、背中がガツンと収納庫にぶつかった。
 今まで一緒に仕事をしてきて、私は何を見ていたんだろう。林田のこんな顔を、見た事がなかった。すっきりと整った鼻梁、笑みを湛えた薄い唇。澄んだ黒い瞳は、怯えている私を嘲笑っているようにも、この状況を面白がっているようにも見えた。
 目の前に唇が近づき、吐息が顔にかかった。思わず顔を背ける。
「ああ、いい匂いだ」
 林田が私の髪の毛に、顔を埋める。次の瞬間、蛞蝓のように舌が首筋を這った。
「いやぁっ!」
 わからない。林田にこんな事をされる理由が思いつかない。
 耳から肌をなぞって降りてきた舌は、鎖骨の辺りまで達していた。肌に唾液を塗りつけられ冒されている感触に、ぞくりと寒気がする。
 なんで私なの? なんでこんなことするの?
 きっと何かの間違いだ。「ちょっと苛めたくなっただけ」いつもの軽い調子で、そう言って欲しい。
 首筋に触れていた粘つく舌が、覆い被さっていた林田の顔が、離れていく。舌で辿られた痕が空気に触れて、ぞわりと冷えた。続けて、ベストの三つボタンがはずされる。ブラウスのボタンにも手がかかる。
 冗談でも間違いでもなかった。こいつ、本気なんだ。
 舐められた肌だけでなく、心の底までシンと冷えていく。
 混乱した頭の中で、今私は同僚からレイプされようとしてるんだと、わかった。何故こんな事になったのかは、依然として理解できなかったけど。
 可能な限り腰をひねり、唯一自由になる足で林田を蹴る。こんなのあり得ない。あってはいけない事だ。
「やっ……やめて! 林田さ……!」
 闇雲にバタつかせた足は空を切ったが、何度目かに鈍い感触があって林田の脛に当たった。
「……痛っ! 怪我したくないだろ。暴れるな」
 初めて聞く林田の、低く抑えた声。囁くような声は、怒鳴りつけられるより怖い。
 暴れる私の足を両膝で押さえつけ、圧し掛かるように体が密着する。
「れ、冷静になってください。こんな事して、タダで済むわけな……」
「黙れ」
 息がかかるほど近くに、前髪を少し乱した林田の顔がある。いつもなら腹立たしく思える、人をコバカにしたような態度が、今は懐かしかった。こんな血走った目つきの同僚は知らない。私が知ってる林田じゃない。
 滲んだ涙で視界が霞んでいく。でも、泣いてる場合じゃないと自分に言い聞かせた。
「ヤだったら!」
 林田の顔が重なり、唇が塞がれた。息苦しい。
 和樹さんはもう会議室に着いただろうか。こんな近くにいるのに、私は恋人じゃない人に唇を吸われている。首を左右に振っても、林田は執拗に追いかけ、唇を押し付けた。どくんどくんと早鐘のように鳴っているのは、私の心音だろうか。それとも林田の、なのか。
 唇同士は触れ合っていても、その中までは自由にされたくなかった。ぬめった舌が、口元を舐め回す。少しの隙間を割って歯列をなぞり、舌先で歯茎にまで触れていくのだ。拷問のようなこの時間を早く終わらせたい。
「ん……くっ……」
 歯を食いしばり身じろぎした時に、気づいた。私の下腹部に、林田の昂ぶりが当たっている。
 犯され……るんだ。
 皮膚や肉付きを越えて、奥にある女の秘めた部分に、ひたと照準をあてられている実感があった。熱い昂ぶりと硬さ。目の前にいるのは同僚だけど、見知らぬひとのようだ。
 唇の周りを、自分のものでない唾液でベタベタに汚されて、ようやく攻撃が止んだ。それでも、わずかな期待をこめて目を開ける。見知った顔が其処にある事を願って。
「意外と、強情なんだな」
 林田はニヤリと笑うと、人好きのする整った顔立ちを歪めて見せた。薄い仮面の下から、崩れた顔がゆらりと透けたような、気味悪さがあった。
「嬉しいよ、児嶋さん。いたぶり甲斐があってね」
 ついさっきまで一緒に仕事をしていた男が、喉の奥でくぐもった笑い声を響かせる。林田の手で束ねられた両手首は、指の痕がつきそうなほど握り締められて、痺れを感じるほどだ。力では敵わないのだろうか。どこかに抵抗する術は、残っていないのか。
「席に戻らなくて、おかしいって……気づく人がきっといる筈だし。電話だって入るかも……」
「心配しなくていいよ。会議に参加してる事になってるから。ホワイトボードにもそう書いてきた」
 掠れ声で訴える私を、遮った。小さな子に語りかけるような口調だった。
「向こうの、会議が終わるまで、誰も、気づかない」
 区切って発音された言葉が、頭にゆっくりと沁みこむ。誰も気づかない。私は誰にも助けてもらえない。ワイン色がかったネクタイを解く林田の指先を、呆然として眺めていた。


 頬が冷たい。涙が幾筋もの流れを作って、顎まで濡らした。メイクなどとっくに落ちている顔を、白い扉に押し付けている。無機質な扉の感触は、背後から服を剥ぎ取ろうとしている男の心みたいに、ひんやりしていた。
 制服のベストが腕からするりと抜け、床で小さく衣擦れの音を立てる。何故私なのか。どうしてこんな場所で、同僚に犯されようとしているのか。そればかりをぐるぐると考え続けている。
 外された林田のネクタイが、手首にリボンのように巻きつく。
「なん……で?」
 後ろ手に拘束され胸を反らした姿勢で、何度目かの疑問を口にした。
「あなたがさ、ちっとも振り向かないからだ。俺なんか眼中にないって感じで、話するときも事務的で」
 林田の周囲に魅力的な女性は沢山いる。可愛らしい人も、セクシーな人も。社内で噂になっている、何人かの女性を即座に思い出せた。
「だから逆に燃えたね。どうやって堕としてやろうかって、考えながらワクワクしたよ」
 女に不自由している筈はないのだ。耳元で囁かれる言葉すべてが、信じられなかった。
 背後から抱き締めるように回された手が、ブラウス越しに胸を揉みしだく。
「はう、やぁっ!」
 くっつき合う体の隙間で、隆起した林田の強張りが指先に触れた。
「胸、柔らけぇ……くくっ、触ってくれるの? 最高」
 逃げ出そうともがく指は、林田を喜ばせる事にしかならなくて、唇を噛んだ。手際よくはずされていくブラウスのボタン。素肌に触れる林田の手と、背後で擦りつけられる昂ぶりが、次第に私をおかしくさせる。
 ブラ越しに張りつく掌は微かに暖かく、骨ばった指が胸の膨らみに食いこむ。いま乳房を揺すっているのは、自分のでも恋人のものでも無い指だ。なのに、体が熱さを増していくのは何故だろう。
「ほうら、乳首が立ってきた」
 林田の囁きは、私にとって知りたくないモノを見せつける。体が反応しているなんて、思いたくない。
「くっ……」
「声出していいって言ってんのに」
 している事とは裏腹に、林田の愛撫は控えめすぎるほど優しかった。耳たぶを吸い、ゆるやかに胸を弄る。時折弾かれる乳首は、ブラの中でより硬く尖っていく。
「やめて。お願いだから」
「いまさら止められると思ってる?」
 答えながら、いっそう強くお尻のあたりに怒張を押しつける。胸の膨らみを掬いあげた両手が、頂の手前で止まった。体の中で燻っていたものが、溢れ出して形になる。じゅわんと熱い雫が股間から滲みだしていた。
 感じた証など二度と零れださないように、太腿をきつく閉じ合わせる。
「お尻もじもじさせちゃって、一生懸命我慢してるんだ。ね?」
 背後から林田の忍び笑いが聞こえた。おかしくて堪らないという風に、笑い声はやがて大きくなった。
 かぁっと全身が熱くなる。今ここで赤面したら、からかいを肯定しているのと同じ事になる。火照った頬を隠すためとっさに俯くと、肩に手がかかった。体の向きが変わり、林田と目が合う。
 視界に入ったその姿に、背筋が震えた。スーツを着こんだ同僚が、私の知らない顔でこちらを見つめていた。はだけられ下着だけになった胸元に、肌がチリチリするほどの視線を感じる。
「もう、やめましょうよ」
 やっと出た声はしゃがれていた。体力差では圧倒的に不利だけど、落ち着いて話さないと。
「私、誰にも言いませんから。ここで終わりにして仕事に戻りましょう」
「ふーん。素直になればいいのに」
 林田の手が素早くスカートの中に伸びた。
「なっ……やっ!」
 全身が何かに打たれたみたいに、ビクリと震えた。スカートに忍び込んだ指先は、ストッキングの上から的確に花芽をとらえている。
「あふっ……やめ……」
 くにくにと捏ね回す動きに耐え切れず、言葉が途切れた。そ知らぬ顔で、林田は執拗に縦筋をなぞる。絶え間なく刺激を受け続けている花芽は、ショーツの中で硬く膨らんでいく。じりじりと痺れ、やるせなさが増す。
 感じたくない。こんなので、感じるなんてイヤ。
 少しずつ膨れ上がっていく感覚を振り払うように、私は思わず叫んでいた。
「あんた、なんか……だいっ……きらいよっ!」
 林田の手がスッと離れた。
「嫌いで結構」
 呟いた声音はとても静かだった。私は林田のプライドを、傷つけてしまったかもしれない。端正な顔は能面のように固く強張り、瞳は暗く沈んでいる。部屋の空気まで冷えたように感じるのは、気のせいだろうか。
「好かれるつもりなら……」
 涙で汚れた頬に、林田の指先がそっと触れ、離れていく。
「こんな事はしないね」
 二の腕を掴まれる。引っ張られた力で、体がぐらりと揺れた。
「きゃ……」
 背中を軽く小突かれると、足がもつれた。目の前に応接セットのソファが近づき、つんのめるように頭から突っ込んでいく。私は林田を怒らせたのだ。ソファのクッションで肩をバウンドさせながら、それだけは確実だと思った。
 手首をネクタイで縛られた、不自由な体をくの字に曲げ、私は無様に喘いでいた。これから自分の身に起こりうる事は、容易に想像がついた。それでも肘掛けに乗ってしまった両足をバタつかせ、顔を押し付けているソファの、革の匂いを嗅ぐしかない。
 林田の手が、レースで縁取られたブラを押し上げる。
「暴れても無駄だって。……想像通りだ。オッパイでかいね、児嶋さん」
 さらけ出された胸が、反動でふるんと揺れた。
「いや……だ、誰か、たすけ……て……」
 剥き出しにされた胸の膨らみに、吐息がかかった。
 刷毛で撫でられるほど微かに、林田の唇が先端を撫でる。胸の尖りを二・三度往復すると、むず痒いような疼きが生まれた。気づくと、唇の動きを目で追っていた。薄い唇から覗いた舌が、いやらしく赤い。
 伸ばされた舌が触れる。しこった乳首を突付く。頭のどこかが痺れていた。唾液で濡れた舌が、ずるりと乳首掬い上げて、私は僅かに声を漏らした。
「は……ぁ……」
 背がのけぞり、林田と目が合った。ギラつく瞳で見つめている。私が思わず喘いだのを見て、薄く笑っていた。
「感度いいじゃん。そうそう、楽しまないとね」
 林田はずっと、私の反応を窺っていたのだ。羞恥と悔しさで、顔が熱くなった。耳まで赤くなっているに違いない。
 それでも左右の膨らみを交互に、指と舌で弄られると、じわじわと快感の波が襲ってくる。体を拘束し好きなように嬲っている林田に、言い様の無い怒りが湧く。が、ともすればそれも忘れそうになる。
 微かな空調の音。それに重なるように乳首を吸う音がした。
 流されてはオシマイだ。頭の中で、そう呟く声がある。いっそ早く犯されて、この時間が終わってしまえばいい。そんな風にも思う。
「んくっ!」
 林田の指がリズミカルに、乳首を捻り上げる。唾液にまみれ、てらてら光る胸元を見ながら、時折肩を震わせ必死で昂ぶりに耐えていた。


「ちっ。つまんねぇの。もっと声出せよ」
 飽き飽きしたように唇を離すと、林田は起き上がって足首を掴んだ。片足を高く掲げられると、引っ張られるように上半身が少しだけ上向く。普段は閉じられている場所に空気が流れこんで、股間がひんやりとする。スカートの中と私の表情を、交互に見つめる林田の視線が痛い。
「ストッキングの替えぐらい、持ってるよな」
 薄い股間の布地が破られる鈍い音が、宣告のように胸に響く。
 ショーツの上から、固くなった芽をへし折るように捏ねられ、暖かい液体が新たに染み出したのが分かる。その様も見つめられているのかと思うと、絶望的な気持ちになった。
 林田の指が滑り、湿った布地をなぞる。
「すげぇ。ぐっしょり濡れて張りついてら」
 言いながら、染みの中心に指を捻じ込む。浅く入り口を犯されている感覚が、生々しい。
「皆が真面目に会議してるそばで、平気で感じるんだ。す・け・べ」
「ひぃっ」
 揶揄されている。言葉で煽られていると分かっていても、どうしようもなく恥ずかしかった。
 この部屋に来てから、何分経っただろう。扉を開け廊下を右手に進めば、黙々と仕事をしている同僚がいる。反対側へ進めば大会議室がある。紙コップを手にして頷く所長の顔や、発言する所員の顔が思い浮かんだ。
 その中にはもちろん、和樹さんもいて。
「た……すけ……て……」
 胸のどこかがズキズキと痛い。恋人がこんなに近くにいるのに、私は林田に思うがままにされている。
 瞼のうちに暖かいものが盛り上がり、視界がぼやけた。もうこれ以上、何も見なくていいのかもしれない。これから始まる事は、多分ひとつしかないから。
 ショーツが片寄せられる気配がして、固く目を閉じる。
 すぐにでも犯されると思っていた。だが予想に反して、壁掛け時計の時を刻む音が聞こえるほど、部屋の中は静かだった。訝しく感じているうちに、拡げられた両足の間で空気が動いた。
 秘裂に感じる、生暖かい風。息のかかる至近距離で、濡れた女の場所を視姦されているのだ。屈辱で体が震えた。
「ヒクヒク動いてる。イヤラシイなぁ」
 股間から顔を上げずに、林田が呟く。その息遣いさえ、今の私には刺激になっている。
「やめて! 見ないでぇ!」
 隠せないと分かっていても、視線から逃れたくて身をよじった。ささやかな抵抗をあざ笑うように、林田は手早くストッキングとショーツを剥ぎ取っていく。足先から丸まった布地が抜き取られ、お気に入りのパンプスが床に転がる。コトンと硬質な音がした。


 自分の両足の間から、会議室の無味乾燥な天井を眺めるのは、なんとも滑稽に思える。犯されようとしている場面でなければ、声をあげて笑ってしまいそうだ。
 林田は私の足を、膝が胸につくほど押さえ付けていた。まるで今の姿は、ひっくりかえった蛙みたいで。
「物欲しそうにパックリ口あけて……イイ眺めだよ、児嶋さん」
 濡れた襞の周囲を指先でなぞりながら、林田は言葉で嬲る。快感を高める部位に触れないのは、ひたすらに私を焦らすために違いない。
 熱いものが溢れて、つうっとお尻まで伝わっていった。
 私は蛙。恥ずかしい部分を丸出しにして、あまつさえ涎まで垂らしている、いやらしい蛙だ。
 頭の芯がジンと痺れた。体のどこかから、得体の知れない液体が湧き出て、隅々まで浸されていくように思った。何かが麻痺している。だが、そうでないと、心が壊れてしまいそうだ。
「彼氏にもこんなエロいカッコ見せてんの? 松元、だっけ。営業企画の松元和樹」
「やっ……いやぁぁ……」
 今ここで、その名前を、言わないで。
 羞恥の色に染まりながら、林田の指先で肉襞をなぞられながら、私は愕然とした。
 和樹さんと付き合っているのは、社内の誰にも言っていないのに。
「なんで俺が知ってるのか、不思議でたまらないって顔だね」
 開かれた両足の向こうから、林田の声が聞こえた。
「経理の堀田さん、知ってるだろ?」
 綺麗と言うよりは取り澄ました冷ややかさを湛えた、ひとりの女性の姿が脳裡に浮かんだ。
「あの人は、社内恋愛のほとんどを把握しているよ。不倫ネタも含めて、ね」
 私に語りかける間にも、林田の指先は動き続けている。
「三回目のデートで、君達の事を教えてくれたよ」
 その指が膨らんだ突起に触れ、つるんと包皮を剥いた。
「ひっ……!」
 林田の頭が、ウェーブがかかった褐色の髪が、私の股間に沈んでいく。
 剥きあげられた敏感な部分に、舌が触れた。
「ひゃう……ん、いやぁぁ……」
 ちゅくちゅくと唇でついばむ音が、室内に満ちていた。
 破裂しそうに膨らんだ芽は、舌先で玉のように転がされ、時に強く吸われる。
 歯を食いしばっても、声にならない呻きが唇から漏れた。心の鎧を溶かす液体が、林田の舌の動きにつれ、くまなく広がっていく。
 びくびくと体を震わせながら、私はふと、堀田さんの毅然とした横顔を思った。上司から、同僚から、お局様と恐れられている彼女も、林田の性戯に狂わされたのかもしれない。今の、私のように。
「そろそろ、こっちも可愛がってあげないとな」
「くぅ……やめ……て。もう、やめて」
 突起への責めが止んでも、息つく暇なく、指先が濡れた襞をなぞる。
 とろんと溢れる、蜜の熱さを感じた。餌を前にして、おあずけをしている犬のように、熟れきった女の場所が涎を垂らしている。
 こんな状況で、なぜ感じるんだろう。心は冷えているのに、身体ばかりが熱くなる。
 触れられれば濡れて反応するのが、女であることが、疎ましい。
 迎え入れるかのように、するりと、林田の指先が、蜜を垂らし火照った場所に沈んでいく。
「熱っ……すげぇ、中がトロトロだ」
「あぁぁ……」
 男性にしては少し細めの指が、中のカタチを探りながら、ゆっくりと潜る。体の深い部分で食い締めながら、和樹さんの骨ばった指とは違う、滑らかな感触に気づく。
 和樹さんが指で私の中をまさぐると、時々痛みを感じて顔をしかめていた。ふと、そんな事を思い出し、首を振って追い払った。比較してしまうのは、恋人を裏切っているようで、ひどく後ろめたい。
 潜った指先が、とても深いところまで届いている。喉元に刃物が当てられているような、息苦しさを感じて、私は小さく息を吐いた。
 頃合いを見計らったように、入り口近くまで指が引かれ、咥えている場所が小さく震えた。
 私を嬲るのに飽きたのか、それとも違うモノで犯されるのか。わからなくて不安なまま、林田の表情を探った。ネクタイで縛られた両手首は、痺れを感じるほどになっている。
「そろそろ仕上げをしないとな」
 どんより濁った笑いというのがあるとしたら、今の林田の笑みはそれだ。
 挿し入れられた指が、また動き始める。林田の指は二本に増えて、私の中を、音が立つほどに掻き混ぜた。
「い……や……」
 感じる声など出すまい。そう心に決めているのに、じわじわと波が打ち寄せて、私をさらっていきそうになるのだ。林田の指先は、少しずつだが的確に弱い部分を探り、追い詰めてくる。
「どんなに我慢しても無駄だ。ここが、弱いね。指に絡みついてくるから、すぐ分かる」
 内襞をざらりと撫で、こする動き。耳を塞ぎたくなるような、粘つく音がした。
 こんなの、イヤだ。こんな奴に、こんな場所でイかされるなんて。なのに。
 信じられないほどの量の液体が、自分の体から流れ出していく。太腿は強張り、腰は小刻みに動き始める。
 胸元に手が伸び、つんと尖った乳首を嬲る。頭がじぃんと痺れてくる。私は今、泣いているのだろうか。そのせいで、林田の顔もぼやけて見えるのか。
「児嶋さんのこんなイヤらしい姿、松元にも、会議してる連中にも見せたいね。皆きっと勃つよ」
 会議室の壁が透明になった。私の頭の中で、だけ。
「やぁーーっ!!」
 驚きで見開かれた眼、体を舐めるようなイヤらしい目付き。上司や同僚たちの表情を想像して、背筋がゾクゾクした。ここは職場なのだ。体が内側から熱く火照っていく。
 そして、大好きなあの人が、呆然と立ち尽くしている。
 ごめん。和樹さん、ごめん。
 凍りついたような黒いシルエット。一度思い浮かべてしまった幻が、心の中から消えなかった。林田への怒りよりも先に、哀しさが湧いて、震えが止まらない。
 掲げられた両足や肌蹴られた胸は、冷え切って粟立つほどなのに、林田に触れられた部分で何かが膨れ上がっていた。指先で弄られた乳首が、まさぐられて水音を立てる熱い場所が、私を高みに押し上げる。
 甲高いすすり泣きが聞こえる。とても近くから、自分の唇から出ていた。
「ぃやぁ……嫌なの……ゆるし……て……」
「許さないね」
 柔らかいものが、敏感な芽に触れた。体がびくんと跳ねる。林田の唇だった。
「だめぇ……そんな……したら、イッちゃ……!」
「君にはなんの恨みもないけど」
 視界の隅で、また、あの赤い舌が伸びた。
 いま舐められたら、私はきっと我慢ができなくなる。そのまま昇りつめてしまうに違いない。その場所は、膨れ上がり硬くなって、爆ぜそうになっているから。
「奴には同じ思いをさせたくてね」
 恨みって何? 奴って……?
 隅っこに残っていた、わずかな理性が、林田の言葉を転がし始める。
 花芽にそっと舌が触れた。表面を撫でるくらいの、ほんのひとなぞり。だが、今の私にとっては、張り詰めた弦を弾かれたような効果があった。
「んっ!!」
 中を掻き回していた指が、内側からも私をまさぐる。じわりじわりと私を追い詰める。
「ねぇ、児嶋さん。本当に松元が、好き?」
 どういう問いかけなのだろう。好きだと言ったら、やめてくれるのだろうか。
 私は戸惑っている。この部屋で、林田に手首を掴まれてから、ずっと。
「好……きよ。決まってるじゃ……」
 しまいまで言えずに、また喘いだ。乳房を玩んでいた林田の指が、ぎゅうっと先端を捻りあげたから。
「そう」
 淡々とした声だった。喜ばしくもなく、残念そうでもなく。林田の声には体温を感じられない。
 ぶるっと震えが走った。鼓動が早まる。股間から響く、粘ついた音が耳を満たす。少しでも気を緩めたら、すぐに高みに達してしまいそうで、奥歯を噛み締める。
「どんなに我慢しても、無理だって。いい加減あきらめなよ」
 口を開いたら甘い叫びが漏れてしまいそうで、私はただひたすらに首を振った。
 イっちゃダメなの。助けて……誰か……。
「ほら、目ぇ開けて」
 頬に掌が触れた。意外なほど近くに、林田の顔があるのに驚いて、とっさに眼をそらしてしまった。
 中を掻き回す指は、感じる部分を執拗に責め続け、花芽は濡れた指先で撫でられ、押し潰される。
 膨れる。膨れ上がる。奔流に押し流されていく。
 目を開けてなどいられない。頭の芯で、白い光が明滅し始めているのに。
「閉じるな」
 二本の指先が、無理やりに瞼を押し開く。視界に入るのは、埋め込まれた天井の照明、胸元を這う林田の赤い舌、そして。
「誰にイかされるのか、ちゃんと見るんだ」
 体がおこりのように細かく震える。薄く笑ったような口元から白い歯が覗き、乳首を軽く噛んだ。
「……ひっ……いやぁぁぁ!」
 股間をまさぐる指の動きが、激しくなる。熱い液体が溢れ出す。耳に届く粘つく音は、水っぽい音に変わっていた。小刻みに捏ねられる花芽の振動が、体の震えとシンクロする。


 新たな涙が盛り上がって、林田の顔も霞んだ。
 最後に何と叫んだか、自分でもわからない。恋人のものではない指先を締め付けながら、ただ泣いた。
 心の中にあった、和樹さんの黒いシルエットが、遠くへ行ってしまったから。



To be continued.






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