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 彼女の顔



 俺がそいつの変な行動を最初に見つけたのは、中間テストの真っ最中のことだった。
 自慢じゃないが頭のデキの良くない俺が、いやいやながら試験を終えた日の帰り道、駅のホームにそいつは立っていた。
 うちの学校の制服だ。遠目じゃちょっと見には誰だか分からない。いや、あの髪型には見覚えがある。
 ポツンとひとりでホームに立っているそいつは、ちょっと挙動不審だった。人気のないホームの1番前の端、点字ブロックの辺りまで、じわりじわりとにじり寄って行く。
 電車の到着の合図が電光掲示板に流れる。とたんに唇をかんで、電車の方をキッと見つめると、もう半歩前に足を踏み出した。
 おい、まさか飛び込もうって気じゃないだろうな。寝覚めが悪いからやめてくれよな。祈るような気持ちで、ちょっとずつ近づいていく俺。
 疾走し迫ってくる電車。俺の想像に反して、そいつは入線してくる電車を、睨みつけるように見つめると、すぅっと深呼吸したように見えた。
 電車がホームに入ってきて、風が巻き上がる。そいつの横顔を覆い隠していたセミロングの髪が、その風でふわりと揺れた。制服のスカートの裾もひるがえる。
 電車が目の前を通り過ぎる瞬間、そいつはごくりと唾を飲み込んで、目をつむり、ビクンと形の良い顎を上向けた。金魚が呼吸するように、そいつの口が半開きになった。一瞬、肩先が震えたように見えたのは、俺の気のせいだったろうか。
 停車とほぼ同時にドアが開く。電車に飲み込まれていくそいつの頬は、心なしか上気して赤くなっているようだった。


 隣の車輌に乗り込みながら、俺はそいつの名前を思い出していた。
 そう、あいつだ、相澤智子。
 相澤は、デキの良くない俺と違って、才媛と言ってもいい。そう目立った美人じゃないが、同じクラスの中でも、中々いい雰囲気の奴だと、俺は思っている。あんまりお喋りでもなく穏やかで、それでいて言いたいことはハッキリ言う。スタイルはそうだな、中の上と言ったところか。
 さっきの相澤のとった行動は、いったい何だったのだ?
 顎をツンと上向けて、白い喉を見せた相澤の横顔が、頭の中をフラッシュバックする。あの表情を、俺はどこかで見たことがあるような気がする。喉の奥に引っ掛かった魚の小骨のようで、思い出せそうで思い出せない。
 考えるのを放棄して、俺は隣の車輌にいる相澤の様子を、それとなくうかがった。鞄の上に文庫本を広げて読みふけっている。教室での休み時間と一緒の光景じゃないか。俺はつい苦笑する。いつもの相澤とおんなじだ。



 そんな相澤の変な行動を、すっかり忘れかけた頃、俺はまたまた見てしまったのだ。相澤の不可思議なあの表情を。


 その日はかったるい事に、『校外学習』とかいう奴だった。生徒が大勢で某科学館に見学に行くという。小学生や中学生じゃあるまいし、面倒くさいことこの上ない。
 やっと帰る時間になって、がやがやと俺達はエレベーターに乗り込んだ。最上階から1階まで直通のそのエレベーターは、いわゆるシースルータイプというやつで、眼下に東京湾が見てとれる。
 乗り込んでその1番奥に、手すりを握りしめるようにして、相澤が立ち尽くしているのに気がついた。あの時と同じように唇を噛みしめて、うつむきがちで白い横顔を見せている。こいつ、どこか具合でも悪いのか?
 後ろからお喋り女の集団が乗り込んできて、エレベーター内はいっそう賑やかになった。朝のラッシュ並の混雑になって、あっという間に俺は奥まで、相澤に接近する位置まで押し込まれた。
 慌てて片手を壁につき、相澤を押しつぶさないように気をつける。
「ごめんな、大丈夫か?」
「あ、ううん。平気よ、武井くん」
 相澤は普通に返事をしているが、どこか上の空な様子が気にかかる。
「お前、具合でも悪いのか?」
 思わず声をかける。
「ちょっとね、苦手なの。外の見えるエレベーターが」
 呟くと同時に、定員オーバーのブザーが鳴って、エレベーターのドアが閉まった。
 相澤が目をぎゅっとつぶった。手すりを握る指にも、力が入ったように見えた。
 エレベーターはノンストップで急降下する。うつむいた相澤の肩が、ビクンと揺れた。薄目を開けてガラス越しに外を見て、それからまた目をつぶる。ふっくらとした制服の胸元が、呼吸とともに大きく上下する。目の前にいる相澤の口から、喘ぐような小さな吐息が洩れた。
 耐え切れなくなったように、小さな顎がツンと上を向き、も一度肩がビクンと震える。
「ごめん」
 相澤はそう言うと、俺がダランと垂らしていたもう片方の腕を痛いほど掴んで、いきなりギュッとしがみついてきた。ごめんって、気が動転するのはこっちの方だ。
 どうしたんだ? こいつ。
 それでも、頬をほんのり染めて上気した顔の相澤を見ていたら、俺も何だか切ない気分になってきた。
 後ろの奴らからは、ガタイの大きい俺の影に隠れて、相澤の姿は見えていないに違いない。ええい、ままよ。思わず壁についていた手を離すと、そのまま片手で相澤をギュッと抱きしめた。
 驚いたように相澤は目を見開いたが、すぐに力なく体を俺に預けた。
 何だ? どういう展開だよ、これ。いや、俺としても嬉しくない筈はなくて。
 最初は苦しそうだった相澤の顔が、トロリと柔らかい表情になって始めて、俺は気がついた。電車の時と同じ顔だ。
 そして、どこでこの表情を見たのかを思い出した。



 兄貴からこっそり拝借したAVだ。それも女の子の自慰モノ。
 何度も抜かせてもらったっけな。いや、相澤が出ているんじゃなくて、表情がそっくりなんだ。女の子が感じたりイく時の様子が、今の相澤とおんなじだ。苦しげで切なげで、トロリと上気したその顔。
 こいつはもしかして、電車の入線や、エレベーターの急降下で、『感じて』しまっているのか?

 背後でドアが開く気配がした。
「着いたよ」
 小さく耳元で囁くと、相澤は夢から覚めた時のような、バツの悪い顔をした。


 どやどやと屋外に吐き出されると、初夏の陽光が街中に満ちている。ここから先は自由解散だ。つまり各々勝手に家へ帰れということ。
 ぶらぶら歩き出してから、ふと後ろを振り返ると、少し離れて相澤の姿があった。俺と目があうと、小走りに駆け寄ってきて言った。
「さっきはごめん。ホントにありがと」
「気にするな。マジでエレベーターが苦手なんだな」
「普通のエレベーターなら大丈夫なんだけど、外が見えちゃうと……」
 言いよどんだ相澤に、俺は思わずたたみかけた。
「外が見えるエレベーターに乗ると、感じちゃう?」
 俺の繰り出したジャブは効いたみたいだ。相澤は棒を飲んだように固まっている。
「なんで、分かるの?」
 ようやく相澤は絞り出すように、呟いた。
「俺の超能力。いや、それはウソ。それより相澤、電車が来る時にも感じてるんだろ?」
 途端に相澤の顔は真っ赤に染まった。
「知って、たの……」
 絶好調だ、今日の俺。気をよくしてもっと苛めてやろうかと、身がまえた矢先、相澤がポツリと呟いた。
「あたし知ってるもの。武井くんだってさっき感じてた」
 グッと言葉に詰まる。知ってたのか、こいつ。俺の分身が、相澤を抱きしめた拍子に、元気に暴れていたのを。俺の股間はズボンの中で、まだはちきれそうに膨らんだままだ。
 隣を見ると、相澤は俺と歩調を合わせるようにして、ついてくる。
 俺の中で、悪戯心が湧いた。
「それにしても、奇妙な癖だな。いつ頃から気がついたんだ?」
「エレベーターは、小学校に入る前からなんか変な場所だったの」
 変なのはエレベーターじゃなくて、そこで感じてしまうお前だろうが。
「電車に気がついたのは、高校に入って、電車通学するようになってから」
 告白するようにポツリポツリと話し出す相澤に、俺はますます興味が湧いてきた。
「わざわざ、ホームの1番前に立って、電車を待っているのは、もっと感じたいから?」
 今度は耳まで真っ赤になって、黙ったままコクリと相澤は頷いた。
 真面目そうな顔をして、ひとは見かけによらない。
 目の前に小さな公園が見えた。俺は底意地の悪い考えにとりつかれ、ずんずんと公園を目指して歩いていった。
「相澤って、オナニーとかする?」
 口を半開きにしたまま、驚いた相澤がブルブルと首を横に振る。
「じゃあさ、どうして感じてるって自分で分かるの?」
「それは……」
 言葉に詰まる相澤に、俺はますます図に乗ってしまう。
「感じると、どうなる?」
 目指す公園にたどり着いた。自然な感じに見えるように、人気のない東屋のベンチに腰をおろす。そう、あくまで自然に。股間の俺の分身には待機命令をくだす。
 警戒するように、微妙な距離をおきながら、相澤も俺の隣に腰をおろした。やれやれ。
「どうって、それは……」
 潤むような目をした相澤を見ていたら、なんだか落ち着かない気分になってきた。
 すっかりヤラレてるな、俺。
 とっさに相澤の肩を抱き寄せ、手を取って股間に導いた。ズボンの上からはちきれそうなくらい、分身が脈打っている。
「相澤が感じてるかどうか、知りたい。感じるとどうなるのか、教えてくれよ」
 かすれた声で囁く。俺もいっぱいいっぱいだ。
 蕩けたような顔をして相澤が俺の手を、黙って膝の上に導いた。ツルンとした膝小僧を撫で上げて、俺はそのままスカートの中に手を潜りこませた。
 すべすべの太腿をゆっくりと撫で回す。相澤の口から熱い吐息が洩れる。
 俺の分身をズボンの上から撫でながら、
「すごい……動いてる。こんなに、なるんだね」
 驚いたように呟く。
「こんなになってるの、触るの、はじめてか?」
 訊ねると、ぼうっとした顔でまた頷く。
 こいつって、こんなに可愛かったっけ?
 その瞬間、ずいっと波にさらわれていくような気持ちがした。


 相澤の顔を見ながら、この顔がすべての始まりだったんだよなと、俺は思い返す。
 太腿を這い回る俺の手は、せわしく動いてしっとりと湿ったショーツにたどり着いた。相澤の呼吸が途端に荒くなる。太腿の付け根をなぞり、ゆっくりとショーツの上から相澤に触れる。
「ぁあっ」
 相澤が小さく声を上げた。俺の指がスルッと下着の隙間に入り込んだからだ。そこはもうトロトロに溢れて洪水みたいになっていた。
「感じると、こんなにびしょびしょになるんだ」 
 割れ目を指で上下に行き来しながら、駄目押しのつもりで俺は呟く。
「ん。んぁっ!」
 相澤の体がグラリと揺れた。慌てて左手で相澤の肩を支える。俺の大好きな顔、切ない上気した顔を俺の肩の上に乗せて、相澤が小さく喘いでいる。
 指が上部の小ぶりの突起に触れた。
 びくんっ! 相澤の顎が跳ね上がった。ここが感じるみたいだ。そのまま休まずに、指で擦り上げる。下の方からは、ジワジワと溢れ続けている。このままでは、スカートまで濡らしてしまうのじゃなかろうか。
 相澤から溢れ出るヌルヌルの液を塗りつけて、膨らんだ突起を飽きることなく捏ねくりまわす。俺は感じている相澤の顔を、ずっと見ていたいのだ。
 湧き出る液に指を浸すように、小さく開いている襞に指を押し当てる。
「はぅんっ!」
 さっきのエレベーターの中みたいに、相澤の手が俺の腕に絡みつく。今にもイキそうな相澤の顔を見ていたら、俺の方も堪らなくなってきた。どきどきする胸の鼓動が収まらない。
「いいよ。さっきみたいにイっちゃいなよ。俺、相澤が感じている顔、イク顔がとっても好きだ」
「んっ、ふぅ。やっ。もうだめ。た、武井くん!」
 ビクンビクンビクン。
 ガクガクと体を揺らしながら、相澤が俺の体にしがみついた。
 かわいくてたまらない。俺はそのまま相澤の顎を持ち上げると、強く唇を吸った。
 唇を離すと、大きく吐息をつく。まだ相澤の目は蕩けたままで、煙ったような色をしている。
「すごく、オカシクなっちゃった」
「相澤がオカシイのは、元々じゃあないのか?」
 すかさずツッコミを入れる俺。拗ねたような顔をして俺を睨みつけると、急に気がついたように、相澤が言った。
「武井くん。感じてるのに、まだ気持ちよくなってないでしょ」
 その言葉を待ってましたとばかりに、相澤の手が触れていた部分が、ズボン越しにドクンと脈打った。あまりにも正直すぎる。
「もっと強く触ってもいいのかな?」
「それさ、やばいよ。出ちまいそうになる……」
「武井くんも気持ちよくなって」
 相澤が耳元でやさしく囁く。そうか、いま俺の感じている顔も、相澤に見られてるんだ。ちょっと恥ずかしいけど、すんげぇ気持ちいい。
 相澤の白くて細い指が、ズボンのチャックにかかった。
 夢のような展開だ。あとで頬っぺたをつねってみよう。
 始めはおそるおそる、そしてだんだんと大胆に相澤の手が、俺のペニスをしごく。相澤の手、ほんの少しひんやりとして、凄く気持ちいい。自分の手を相澤の手に乗せて、一緒にしごく。
 ドクンドクンドクン。足元の湿った砂に向けて、俺は思いきり射精した。
 横を向くと相澤は、顔を赤らめて微笑んでいた。真面目そうなその顔を呆けたように眺める。柔らかくて食べたら美味しそうな唇、つるつるの肌、理知的なのにちょっとだけ靄がかかったような瞳、全部 俺の好みじゃないか。
 思わず溜息がでた。一生分の運を一日で使いつくしたような、そんな気がした。



 そして、いまは夏休みだ。ここは俺の部屋で。どういう訳だか目の前には相澤がいて、古典文法について、俺にとうとうと説明している。俺の期末テストの散々な結果に、あきれ果てた相澤が、個人教授を買ってでてくれたのだ。
 普段はくそマジメなこの顔が、どうしてあんな風に蕩けたステキな顔になっちまうんだか。俺がそんなコト考えながら、ボウッと相澤の顔を見つめていたら、頭にゴンと衝撃が走った。
「ちょっと、聞いてるの? 武井くん」
 痛いな。いくらなんでも古語辞典の端っこで、ぶたなくてもイイじゃないか。相澤はこれ以上ないような、怒った顔をして、俺のほうを睨みつけている。この顔も中々ステキだけどな。でもそれよりも、もっと見たい顔がある。
 俺は黙って相澤の顔を上向けると、まだ何か言いたそうな唇を塞いだ。唾液で糸をひく唇を離すと、相澤はトロンとした目を俺に向けた。そうそう、俺が見たいのはこの顔だ。
 俺はゆっくりと相澤の体を畳の上に押し倒す。
 俺達の夏休みは、まだ始まったばかりだ。



―― fin.




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