雨の日

――びしょ濡れのあの子へ――




急に雨が降ってきたので 
立ち寄っただけだよ と言った 
お前の顔なんか 別に見たくもないさ 
ちょっとな ちょっと 急に雨が降ってきたから 
それだけなんだ 



そういって 
艶やかな黒い髪の先から 雨のしずくを垂らして 
ふと 天を仰いだ 
髪の毛が一筋はりついた 頬が白くて 
とても 冷たそうだった 

部屋の中にいて 暖まった わたしの両の掌で 
挟んであげたら どうだろう 

キッと 引き結んだまま 寒さで色を失っている唇に 
くちづけしたく なるだろうか 



あのさ アイツ 元気か 
ぽつり 雨のしずくみたいな言葉が漏れた 

うん 元気だよ とわたし 

フッと目元が微笑んで 
そうか 仲良くやってんのか 
また ぽつり 

うん 

わたしの小さな声を 急に強まってきた雨脚が 
ざあとばかりに 消していく 



ざああ  ざああ  ざあ 



びしょ濡れじゃない タオル いる? 
いらないよ これから 他へまわるんだ 
そう それならせめて 傘を 持っていって 

今のわたしに 何ができるのだろう 
どんな言葉が かけられるのだろう 

いらないよ いつ返せるか わからないし 
いつでもいいから 持っていって 
返さなくってもいいから 

おねがい 
傘を 持っていって 

だって びしょ濡れじゃない 



すぐに やみそうだよ 
さっきも そうだった お天気雨さ 
そういって また 天をふり仰ぐ 

ううん だめだよ また濡れちゃうから 
そうか じゃあ 借りてくよ 



今のわたしにできる たったひとつのこと 
傘を貸してあげること 
それだけ 



じゃあな 
うん じゃあね 



ざああ  ざああ  ざあっ 



わたしには 何の力もなくて 
何もできないけれど 
もし びしょ濡れになってしまったら 
いつでも 立ち寄ってください 



雨が また降ってきました 
濃い緑の葉を 雨粒が叩いています 



少しの間の 雨宿り 
雨の日の 幻想