Tears ――1
誰かにまつわる噂って奴は、そいつの等身大であった試しがない。
少しだけ大きく膨らませた自画像に、面白おかしく尾鰭が付きまくって誰かの耳に入る。または、誹謗中傷しようとする悪意によって、本人以外が勝手な噂を作る。そんな仕組みがほとんどだと、俺は思っている。
涙を流さない冷血女、素知らぬ顔して誰とでもヤってる女。
委員長にまつわる噂は、どちらだったのだろう。
彼女はフルネームの恩田妙より、委員長と呼ぶのが通りがいい。口数はあまり多くなく、群れない。女子の中でも浮いていて、男子には少々煙たがられている。
同じクラスになって、最初のホームルームでの印象が、なにしろ強烈だった。
「おーい。誰か委員長に立候補する奴、いないかー?」
クラスのまとめ役なんて面倒なもん、誰だってやりたがる筈もなく。
「推薦でもいいぞー」
「はーい。恩田さんがいいと思いまーす。中学でもやってたし、しっかりしてるからぁ」
甘ったるい舌足らずな喋り方で、名指しした女子がいた。俺は眠気と格闘していたので、振り返る気力もなかったが、その後に湧き起こったクスクス笑いが気になった。恩田ってのは、どうやらあまり好かれていないらしい。
「他にいないか? いなかったら恩田にやってもらうが、どうだ」
担任の視線の先を追った。肩ぐらいまでの、柔らかそうな黒髪の後ろ姿。だるそうに頬杖を突き、窓の外を眺めている。教師の言葉が聞こえていないのか、微動だにしない。
「おい。恩田?」
「他に、いないのなら、しょうがないですね」
今日はいいお天気ねと言うのと同じくらい、気のない調子で、窓の外を見たまま言った。
「よし、決まったな。じゃあ、立って挨拶して」
「恩田妙です。よろしく」
型通りの自己紹介を済ませた後で、恩田はくるっと振り向き、自分を名指しした舌足らずを一瞥した。
銀縁メガネ、少し長めの前髪。お、思ったより可愛いじゃん。それが第一印象だったが。
「ご推薦、ありがとう」
ニコリともせずに言った。目の前で冷凍庫の扉が開いた級の、冷ややかな声だった。お喋りなスズメ達はピタっと静かになって、舌足らず女は凍りついたように固まっていた。
「えー、じゃ、合唱コンクールの話、恩田に進めてもらおうか」
黒板の前に立って、テキパキと仕切っていく様子は、ある意味、教師より威厳がある。小柄で可愛らしいのに、笑顔はカケラもない。喜怒哀楽をどこかに置き忘れてきたような女だ、と思った。
「続きは次回で。各自希望をまとめておいて下さい」
やれやれ、終わったおわった。皆がやがやと立ち上がる。
「ちっ。点数稼ぎが……」
ホッとした空気の中で、席に戻ろうとした恩田にかけられた言葉だ。恩田がピタリと立ち止まる。だが表情は変わらない。
なるほど。面倒な役目も、内申書に良いとか考える奴もいるらしい。俺には別世界だが。
「あなたがやりたいのなら、いつでも替わるわよ?」
さしてデカイ声じゃないのに、恩田の声は肝に響く。寒い。再びブリザードが吹いたようだ。声をかけたクソ真面目なニキビ面は、能面のように固まって、口をパクパクさせている。俺は密かに心の中で、そいつに合掌した。
冷血女のレッテルは、この一日でほぼ確定したのだ。
ヤリマンの噂は、お喋りスズメ達が発信源だろうと、俺は睨んでいた。女の敵は女である。
社会人風の、スーツ姿の男とラブホに入っていったとか、援助やってるんじゃないの、とか。ピアスたっぷりの金髪男に寄り添って歩いてたっつー目撃談もあったっけ。
もし、その噂が本当なら、人は見かけによらない。なにしろ恩田には体温を感じないからだ。小柄のわりに大きめな胸には、氷嚢でも詰まってるんじゃないかと思う。巨乳は好きだが、委員長の乳を揉んだら、大事なモノまで凍りそうだ。
うん。実際にアレを見るまで、俺はそう思っていた。
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