誰も知らない。誰もそうだと知らなくても、むしろ、自分で嫌がっても、今日と言う日、そして過去続いてきたその思い出が、ひたすらに私自身がそれを恋しがっていた事に気付かせる。
「何よっ! 何も知らない癖に! わ、私の方がぁアンタよりずぅっとお姉ちゃんの事を知ってるんだ!」
 嫉妬心、憎悪、吐き気、寂しさ、何もかもが無意味に思う。
 私からお義兄ちゃんを奪ったお姉ちゃん。それが恋しい。恋しくて仕方が無い。
 誰を恨めば良いのか分からなくなる。取り戻せない物は、そんなに多くは無い。しかし、それを取り戻そうとする気力は、十分に削げ落ちていた。
「く…ひっ…」
 私は膝の力が抜けて、芝の上に座り込んだ。肩が震える。涙が出そうになり、それを堪える。

 そんな私の傍に、お義兄ちゃんが近寄って来る。
「…ごめん…酷い事言ったね。ごめん」
 軽薄な声が、心ここにあらずの響きで、私の空っぽな脳みそを揺らす。
 私はまた、軽薄に笑う。
 叫ぶのは疲れる。それよりも男の体温、匂いが欲しい。
「キスして…」
 だから、いつものように、知らない男にするように、キスをせがむ。
 …気軽な思いが、私に勇気を与えた。
 今まで言えなかった事が、まるで自動的に、とで言うように、口を突いて出る。
「寂しかったんだよ? お義兄ちゃんも、お姉ちゃんも一緒に居なくなっちゃってさ…。私…」
 そんな軽薄な口調でも、私の耳は勝手にその音を拾って、自分自身の言葉の切なさにやられる。胸が痛んで、もっと勉強しておけば良かったと、場違いな考えを巡らせていた。

 お義兄ちゃんの口が近づく。
 それはふっと現われ、ふっと付いて、感触はすぐに消える。
 …これは1,086回目のキス。
 その数が頭をかすめると、私は流れる涙を止められそうに無かった。

「私…お姉ちゃんが好きで…、でも、お姉ちゃんが羨ましくて、妬ましくて、それで…私、お姉ちゃんに、何度も死んじゃえ、死んじゃえって、死んじゃえって、そう思って、でも、でも、そうなっちゃうと、でも、死んじゃうと、でも、私、でも、凄くお姉ちゃんが羨ましかった、凄く! 凄く、何度も、何度もそうやって思ったのよっ!」
 わっ、と泣き伏せる私を抱き止めて、お義兄ちゃんが空を見た。いつも遠くを見ているお義兄ちゃん。私はまた、その胸の中に顔を埋めて、わんわんと泣いた。体面も何も無い泣き方で、私はずっとこうして泣いていたいと思った。

 お義兄ちゃんの手が動いて、私の喪服をずらしていく。
 胸に手が差し込まれると、私は思いの他、体を緊張させていた。
「え…ぐっ、や、ヤダっ」
「…」
 お義兄ちゃんは無言で私の頬を掴むと、その整った顔を私に寄せる。私はその顔から目が離せず、近付いて来る口元を震えながら見つめた。
 それが、1,087回目のキス…。
 密着する粘膜。タバコの匂いも、アルコールの匂いも、そこには感じられなかった。私はそれが怖くて、あまりに怖くて、体を捩らせる。
 しかし、お義兄ちゃんの力は強くて、私は身じろぎ一つ出来そうに無い。

 脳に一番近い性感帯。
 最も大事な場所。
 切り売りできない場所。
 そこを思い人が心行くまで蹂躙する。
 ねばつく感触が私の脳を包む様にして愛撫する。粘着質な音が響いて、私は耳を塞いだ。余計に、それが体の中から聞こえてくる。
 泣いても笑っても、気持ち良い事をされたら濡れてしまう。体が反応して、足が震えた。
「美久ちゃん…」
 お義兄ちゃんの声が近くから聞こえ、私は目を瞑った。そこから流れる涙は、お義兄ちゃんの胃に消えていく。

 1,088回目のキスが施されるに合わせて、私の服が脱がされる。
「和服って、本当に下着つけないんだね」
 と、耳元で軽薄な言葉が囁かれる。
 望んだ事が私をレイプする。
 胸を揉まれ、内股を触られる。逃げる口実が思い付かず、それを正当化する為のセリフも言えず、私は幼い頃の、憧憬にも似た恋愛のカタチを思い浮かべる。

 お姉ちゃんとお義兄ちゃんの恋愛のカタチはどうだったのだろう。
 私はそんな考えが自分を痛めつける事を分かっていながら、それから逃げる方法を考えられずに居た。
「ダメっ…! 嫌ぁ…っ」
 急に冷めた反応を示す私に、お義兄ちゃんは耳元で囁く。
「…美久ちゃんが誘ったんじゃないか。それに、…初めてじゃ無いんだろう?」
 その言葉が、ぎゅぅ…っと心臓を搾る。
 涙がこぼれ、私は思い出せる限りの男達の顔を思い浮かべた。記憶の中でその男達の性器の形と顔が一致しないほどの人数。

 結局私は何がしたくて、何がしたくなかったのか。
 無抵抗な私を見ると、お義兄ちゃんはその愛撫をより激しい物に変えていく。手馴れないセックス。まるで童貞のような、荒々しくも瑞々しいセックス。痛みが新鮮で、何故か心地良い。
 目の前にあるお義兄ちゃんの顔が、私から抵抗心を削ぎ落としていった。
 1,089回目のキスが、私の口の中の形を覚えようと動く。モノにされる快感。モノにされる恐怖。似たようでいて、それは全く違うものだった。本当にこれが欲しかったのか、もう分からない。
「入れるよ」
 私はもうひたすら動き続けるお義兄ちゃんの顔を凝視する事しか出来ず、何を考えたら良いのかを考え続けた。


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