私に兄が出来たのは三年前。

 子供の頃から隣に居た人が本当の兄になるなんて。そんな事、思っても見なかった。
 私はその人が大好きで、いつからか、その人の目に入る事しか考えなくなっていた。
 中学生の頃、その人は、私と私の姉の家庭教師をしていた。
 塾講師をしているママの関係から、その人はうちと深い関わりを持ち、その頃からまるで家族のような付き合いで、私や姉の面倒を見てくれていた。

 近くに居る異性。成長するに従って、私は勉強よりも、恋愛に夢中になってった。
 それまでは、お兄ちゃんの気に止まるよう、熱心に勉強をする少女、という演目を演じ続けていた。それも、恋の熱病にうなされるようになってからは、嘘のように吹き飛び、仮面を剥ぎ取られた、不真面目なわがまま少女の本性が現われた。

 三年前、高校に上がった時、私はその人に制服を見せていた。
「どう? お兄ちゃん、あたしの制服、似合うでしょ?」
 あぁ、似合うよ、と、いつものスマイルで私に語りかけるあの人。
 私はそれが嬉しくて、無邪気に飛び跳ねて、その人に飛びついたりもしたっけ。本音は女の子が、その可愛い顔の下で管理して、本当の私を出してくれない。まるで成長しない、小さな女の子は、私をその中から出させてくれない。
 いつまで経っても、その人からは、子供の私。無邪気な私。邪気はどこへ捨てろと言うのか?
 抱きついた時に感じる、異性の匂い。それが私の心を千切って棄てる。

「うふふ、嬉しいなー」
 そう言いながら、無反応なその人に擦り寄って、セックスアピールをする。
 成長した体。あざといまでのセーラー服。懐いていることを口実にして、自慢の胸を押し付ける。それでもその人は、また、無反応でいて、にこやかに笑う。
「美久ちゃんも、もう高校生かぁ…。年を感じちゃうなぁ」
 ははは、と笑って、私の頭を撫で…ようとする。そして、その手で自分の頭を掻き、デリカシーを見せ付けた。

 その言葉を聞いて、私はその人にしがみ付いて話す。
 もうちょっと体が重かったらそんな事も出来なかったろう。
 それは良い事なのか、悪い事なのか…。
「えー、そんなコト無いよ。お兄ちゃん格好良いモン。高校のガキんちょなんて目じゃないよ」
 と言うと、その人は苦笑して、私の顔を見た。
 直視。
 私はその視線に対して直視出来ない。だから、顔を逸らした。
「そう来るかぁ。でもさ、美久ちゃんだってもう子供じゃないんだから、他の人だってもう子供じゃないよ。良い所を見つけて上げなくちゃ」
 上手い言葉。どう切り返せば良いと言うのか。そんな言葉は聞きたくない。そんな言葉は。
 良い所を見つけて上げなさい。上から下へと降る言葉。媚を売っても、いくら売っても、買ってはくれない。
「…そうだよね」
 だから私は、目を伏せながら、そう言うしか無かった。

 もう春休み。どこか行こうよ。三人で。私とお姉ちゃんと、三人でどこか行こうよ…。そう考えてから、何日も経たない内に、卒業を済ませたお姉ちゃんが東京へ行った。
 それと同時の事。その人が、お姉ちゃんと一緒に東京へ行くという事を知った事。
 それが、私の初恋の終わり。
 うちの中に意中の人と付き合ってる人が居るのに、それと知らないなんて、アホみたいだ。
 何度思い出しても、笑えてくる。

*

「私が美里さんを好きになった理由は、その清廉さからです」

 お姉ちゃんは大学に入るまで、処女膜を後生大事に守っていたそうな。そこまで具体的じゃなかったけど、要するにそういう事だろ。
 結婚式のキスがファーストキスだと、お姉ちゃんは言った。
 一途、そんなフレーズなんて聞きたくない。
 私はお姉ちゃんが大好きで、お兄ちゃんが大好きで、そんな私は、あの清廉な二人に裏切られた思いでいっぱいだった。


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