迷おうが悩もうが、ぼんやりしていようが、時間は同じスピードで過ぎていく。男は放尿を見せてと求めた事など、欠片も気に留めていないように見える。私はと言えば、掲示板への書き込みも、下着をつけずに外出したのも、記憶の彼方に押しやりつつあった。それでも尿意と一緒に訪れる癖が、忘れた頃に現れては、あの約束を思い出させるのだ。

 最後に背中を押したのは、ほんの小さな偶然だった。
 ドライヤーの熱風が額を撫でていた。髪の毛を乾かしスイッチを切ると、周囲の空気が急に冷えこんだ気がする。バスタオル一枚巻いただけの姿で、私はふと尿意を感じた。
 トイレの前まで来ると、ドアがすっと開く。出てきた男と目が合って、互いに「あ」という顔をした。
「入るのか?」
「うん」
 すれ違ってトイレに入る。それだけの筈だった。ごく自然にドアノブを引く。
 扉は閉まらなかった。男が手で押さえていた。
 タチの悪いイタズラをしている。そう思って軽く睨みつけるつもりが、男の視線にたじろいだ。薄く笑みを浮かべ、ひたりとこちらを見つめていた。抗議の声を上げようとして、何故かしら言葉が出なかった。
 やめてよと、口を開こうとした時、男はドアの内側に肩先を入れた。
「見せろよ」
 男が呟いたのは小さな声だったのに、耳に届いた。
「な……何を?」
 聴こえないフリをして、聞き返さなければ良かったのに。
「約束したろう? おしっこする所を見せてくれるって」
 私の顔は蒼ざめているかもしれない。それとも熱くなっているだろうか。心細く、膝も震えて、どちらだか分からない。
 男が半歩進んだ。一畳程度の狭いトイレは、二人が立っているだけで一杯になる。男の手が、軽く私の肩を突いた。押されてストンと便座の上に座りこむ。目の前に立つ男の姿がいつもより大きく、まるで黒い影のように見えて、威圧された。
「じゃあ、見せてもらおうか」
 間近に迫ってきた唇が、耳元で囁いた。
 黒い影が動いて、巻いていたバスタオルを事も無げに剥ぎ取った。この場所は寒い。裸にされた身体が小刻みに震える。
 そうだ。あの時たしかに、約束……したんだ。否とは言えない気がした。
 膝に両手を置いたまま、こくりと頷いた。これから恥ずかしい姿を晒すのに、どこかで私は安堵していた。もう悩まなくていい。堂々巡りは、これで終止符を打つのだ。そう考えれば少しは気が楽になる。
「よく見えるように……」
 男の手で、膝がグッと開かれた。
 さっきは何に安堵したのだろう。九十度ほどに開かれた両の太腿は、用を足すには不自然な広がり方で、裸のまま便座に腰を下ろしている自分が、いっそう恥ずかしくなる。胸の鼓動が激しくなった。
「このままで。閉じるなよ」
 念を押すように、男の指先がすっと秘裂を撫でた。愛撫というより、何かを促し刺激する動き。
「ひっ!」
 それに呼応して、忘れていた尿意が下腹部に蘇った。寒気にも似た震えが、背筋を這い上がる。むずむずと膨れ上がるような、あの快感も一緒だった。
 男は床に腰を下ろし胡坐を掻いた。よく見えるように座って視線を低くした。そんな動きだった。
 イヤだ。こんなところを見せたくない。痛切にそう思った。男がどんな顔をして私を見ているのか、それすら正視できない。瞼を閉じ、下唇をきつく噛む。緊張のあまり、太腿はこわばって小刻みに揺れている。無意識のうちに膝を閉じ始めていたのか、男の手が伸び、もう一度押し開く。素肌を撫でて奥へと進み、合わさった襞を二本の指で割った。
「……やっ」
 指はすぐに離れていったが、開かれたその場所に微かな風を感じた。男の吐息だろうか。それとも、見つめられ尿意を覚えて、襞がじわりと濡れ始めているせいか。目を瞑っていても、スリットを抉るように視姦されているのが分かる。頬が熱い。恥ずかしさに新たな蜜が零れた。
 放尿を見せるために座っているのに、未だその決心がつかないのだ。なのに差し迫った尿意は、とば口で渦を巻いている。その刺激がゾクゾクする快感を呼び覚ます。我慢すればするほど、慄きは大きくなった。





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