見つめているだけの、男の沈黙が怖い。
 恥ずかしい姿で感じ続けている自分が、耐え難い。
 もう何処にも後戻りができないのだと思うと、暗澹たる気持ちになる。体の表面は寒々として、下腹部だけが沸々と滾った。
 この場所に座ってから、何分も過ぎたように感じた。実際には数十秒だったかもしれない。ひときわ大きな波が起こり、堪えるため下肢に力をこめた。
「んっ!」
 産毛が逆立ち、背中がびくんと跳ねる。ぴちょんと小さな水音がした。堪えきれずに漏れ出した、最初の一滴だった。
「や、見ないで…………やぁっ!」
 きぃんと微かな耳鳴り。男の目に私はどう映っているのか。それだけが気がかりで、俯いたまま、わずかに瞼を開いた。
 腕組みをし、じっと座っている姿が見える。ぎらつく瞳は、食い入るように秘部に向けられていた。そしてズボンの中央には、男の昂奮を表す明らかな膨らみがあった。
 私のこんな姿を見て、この人は興奮してくれている?
 顔は火照り、恥ずかしい事に変わりはなかったが、張りつめていた緊張の糸が解けた。こめかみが脈打ち、ドクドクと音を立てている。羞恥とは別の、胸の奥が熱くなる気持ち。うれしい。興奮してもらえて嬉しい。束の間、悦びのうねりが体を駆け巡った。冷え切った指先まで暖かに溶けていくようだ。
 既に痺れるほど充血している襞の狭間から、温かい迸りが流れ出した。黄金色の液体が、ちょろちょろと断続的に水面を叩く。覚悟はあっても恥じらいまでは捨て去れない。放尿している間中、私は再び瞼をきつく閉じた。

 排泄が済むと、それまで我慢をしていただけに僅かながらの開放感があった。男は身じろぎもせず押し黙っている。恥ずかしい姿を見せてしまって、やはり軽蔑されたのではと不安が兆す。ペーパーを手に取り股間を拭いた。習慣化している所作も、見ている人がいる前では滑稽に思えて、手の動きがどこかギクシャクした。
 目が合わせられない。大事な場所を明け渡してしまったような、照れくさく気恥ずかしい気持ちが心の中で渦巻いている。男が何を想って私を見つめているのか、知るのが怖い。水を流すため後ろを向くと、胸元に男の手が伸びた。指先で乳房を撫で上げ、乳頭を弾く。
「んっ!」
 思いがけず与えられた刺激に、素直に反応して背中が反る。触れられるまで、胸の尖りが固くしこっていることに、私は気づかなかった。それほどに緊張を強いられていたのだろう。続けて、男の指先がしこりを摘む。じんと痺れるような感覚が広がり、体の奥底が疼きだす。
 仰け反った拍子に、体が背後の手洗いにぶつかり、鈍い音を立てた。腰の下では水の流れていく気配があって、俄かに現実に引き戻される。いま流れていったのは自分の排泄物であると。此処はそういう場所なのだと。
「やっ……やめて。嫌っ」
 愛撫されて快感を得るには、あまりに屈辱的な場所ではないか。
 立ち上がり、怒りを籠めて見つめ返しても、男の表情はあまり変わらない。何かに憑かれたような熱っぽい瞳が、こちらを凝視している。全てを見たと、その眼が言っているかに思えた。見る間に、唇が近づいた。
「本当に、嫌なのかな?」
 囁くと、唇の表面で片方の乳首を横一文字に撫でる。まるで焦らされ続けた後のように、私の肩はびくりと震えた。暖かな唇の狭間に、膨らみの先端が吸いこまれる。口に含んだ尖りを舌先でつつき転がして欲しいと、いつの間にか期待していた。もう片方の膨らみは、掌で捏ねられている。男の指先は、器用に乳首を避けて通る。触れられたくて肌がぴりぴりと張りつめた。
「ここでは駄目。ダメだから……」
 こんな所でされたくないと、私は必死で首を振り続ける。
「違うな。本当はイヤじゃない」
 突起が唇から離され、外気に触れていちだんと固くなった。
「そんなこと、な……いやぁっ!」
 再び咥えられた尖りが、温かくぬめった舌でくるりと嬲られる。拒否のつもりなのに声の調子は裏返り、嬌声のように聞こえた。泣きだしたいくらい嫌なのだ。だが、感じているのは否定しようが無かった。男の言葉に煽られて、体ばかりが鋭敏になっていく。
 もう片方の、軽く握りしめられた膨らみの先端には、爪の先で引っ掻くような刺激が走る。漏れそうになる喘ぎを堪えて、身を捩り男に背を向けた。体の奥から熱いものが湧いて零れそうになるのを、知られたくなかった。
「こんな場所でこんな風にされるのが」
 男がズボンを脱ぐ、衣擦れの音がする。
「きっと好きなんだ」
 畳み掛けるように男が呟いた。トイレの扉にも、男にも背を向けて、狭い空間に逃げ場はなかった。
 背筋にゆっくりと舌が這う。ぞくっと身を震わせた途端、指先で摘まれた尖りが、強く捻られた。
「はぁあっ! ……ちがう……よ」
「違わないね」
 後ろから男の体が密着する。硬くそそり立ったものが、尻たぶに触れた。逃れようと思っても視線を向けた先には、白い壁と便器しかない。さっきまで自分が座っていた所。脚を開き、男に放尿を見せていた場所だ。抱えこむように回された腕の内で藻掻きながら、屈辱感に打ちのめされそうだった。





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