あの時微かに感じていた不安。それに私が忠実であれば、こんな事にはならなかっただろう。
 薬指に一筋残る、指輪の痕を見つめた。いずれ日に焼けて、消えていくだろう痕。早くに結婚して落ち着くどころか、三十も超えてから独り身になり、母にまた心労をかけることになってしまった。
 しかし、と、私はまた彼の電話番号をなぞる。
 桧山と結婚していなければ彼との出会いはなく、私の人生が花で彩られることもなかった。そして本当の幸せが何であるかも、知らずに生きていっただろう。
 これからも決してかけることのない、彼と繋がる数字の羅列を見つめながら思う。あの日咲いた花こそが、私の幸せだ。たとえ一度きりでも、色褪せることはない思い出だから。




 挙式の日取りも決まり、全てが順調に思えたが、ひとつの大きな誤算が私たちに降りかかった。
 桧山に人事異動の令が下ったのだ。
 彼は、さほど大きくはないが、全国に支社を持つ会社に勤めていた。転勤先は東京本社。つまりは栄転であった。
 断ることも出来るけれど、このチャンスは男としてどうしても逃したくない。しかし、君との結婚も諦めたくない。
 桧山は誠実に、そして力強く母と私に語った。私の心は千々に乱れた。私も結婚するならば桧山以外の男性では嫌だとまで思うようになっていたが、それは母と遠く離れて暮らすことを意味する。桧山という伴侶を取るか、母を取るかで大いに揺れた。生まれ育った地を離れて、都会暮らしをすることの不安もあった。
 しかし、思い悩む私に母はこう言った。
「瑞枝、あんなに頼り甲斐のある男の人は中々いないよ。新幹線を使えば東京なんてすぐよ。私のことは気にしないで、ついて行きなさい。自分の幸せを考えなさい。瑞枝の幸せこそが、私の幸せなんだから」

 母の言葉に後押しされ、私は住み慣れた地を離れ、桧山と東京へ発った。慎ましいながらも多くの祝福に囲まれた挙式を済ませ、私たちの結婚生活は順調に始まった。
 ―――かのように、見えた。
 ひずみは、挙式の夜からすでに出来はじめていた。
 新婚初夜。私にとっては文字通り、異性と共に過ごす初めての夜だった。

「肩の力を抜いて。力まないで」
 桧山にどれだけ言われても、額からは脂汗がしたたり、痛みの余り身体には力が入る一方だった。
「くそっ……入らないな……」
 何度も私をこじ開けようとする桧山を、恐ろしく思った。骨があるわけではないことくらいは知っている。しかし粘膜を突き破ろうとする彼のペニスは、無機質な何かを思わせるほどの硬さであった。そう、骨どころか、人間の一部であることすら疑わしいほどに。それを私に突き刺そうとする桧山は、愛する夫などではなく、人ですらなく、心を持たない怪物に思えた。
 痛いと訴えるどころか呻くことすら出来ずに、身が裂かれていこうとする苦痛に耐えた。耐え続けた。これに耐えなければ母に孫の顔を見せてやることは出来ない。桧山とも、完全な夫婦になったとはいえない。豆電球の微かな明かりを瞼に感じながら、股間を大きく広げた恥ずかしくも滑稽な姿を保った。ひたすら歯を食いしばり、肉体的にも精神的にも大きな苦痛を耐えた。
「だめだ……今日は諦めよう」
 拷問にも思える長い時間のあと、苛立った声で桧山が言った。これほどまでに不機嫌な彼の声を聞くのは初めてのことだった。申し訳なさと同時に、寒気がするほどの恐ろしさを覚えた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
 泣きたくなったが、泣けなかった。なにもかもが初めてのことで、私は動転していた。今思えば泣けなかった理由は、それだけではなかったのだけれど。
「いや……君は初めてだし、仕方がない。謝ることはないよ」
 字面だけ並べれば優しくも思える台詞だが、明らかに彼は私を責めていた。良品だと信じて購入した物が、実は欠陥品であったと知った消費者。この時の桧山はまさしくそれだった。
 こちらを見ようともしない桧山に、私は謝り続けた。私が悪い。夫を受け入れられない私は、女としてどこかおかしい。謝る声が不安でか細く震えた。
「ゆっくりやればいい……。今日からはずっと一緒なんだから」
 何度謝ったあとだったか。ようやく、許してくれたと感じることの出来る声音だった。しかし許されても責められた事への衝撃は大きく、その晩は眠れずに朝まで過ごした。これが桧山を結婚前と別人のように感じた、最初の瞬間だった。

 一度貼られた不良品のレッテルは、その後も剥がされることはなかった。
「濡れないな……」
 無骨な指が、敏感な粘膜を擦る。ひりつくような痛みに、私は無言で耐え続けた。桧山との性交は、常に痛みとの闘いだった。
 合わせ目の中に潜り込んだ指が、激しく上下する。そこに少しの潤いはあったが、指をまんべんなく濡らすにはほど遠い量で、中を、とりわけクリトリスを擦られると、飛び上がりたいくらいの痛みが走った。奥歯を強く噛みしめすぎているせいか、顎までもがじんわりと痛んだ。辛くてたまらなかった。
 なぜこんなことをしなければ、夫婦といえないのだろう。子供を望めないのだろう。これがどうして愛の行為といえるだろうか。愛しまれているなどと少しも思えない。私にとっては苦行でしかない。
 私は欠陥品。やはり、価値のない女であった。営みが不完全に終わる度に、桧山に土下座でもしたい心地だった。繰り返し謝ったあとに優しい言葉をかけてくれたのは最初の数回だけで、やがて彼は私に背を向けて眠るようになった。
 夜が訪れるのが恐ろしくてたまらなくなった。日が落ちていくのを見ると、また今日も地獄のような時間を耐えるのだと身震いした。
 母には勿論、友人にも相談することは出来なかった。同級生には奔放な恋愛を謳歌している女性もいたが、私の友人はみな慎ましく、恋人や夫との性生活をあけすけに語る者はいなかった。そして何より、新天地東京には、私の味方など誰一人いなかった。


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